世界のMWは日本ワインをどう見たのか? リチャード・ヘミングMWが語る、日本ワインの現在地と未来

目次
近年、品質の向上とともに、国内外で存在感を高めつつある日本ワイン。実際には世界のワイン専門家からどのように評価されているのでしょうか。
9月5日、リチャード・ヘミングMWを講師に迎えたセミナー「リチャード・ヘミングMWと探る 日本ワインの現在地と未来」が開催されました。
リチャード・ヘミング氏は、世界的なワイン評論家ジャンシス・ロビンソン氏が主宰するワイン情報サイト「jancisrobinson.com」で長年執筆を続け、2015年にマスター・オブ・ワイン(MW)の資格を取得。現在はシンガポールを拠点に活動しています。
2026年3月には、ヘミング氏を含む25名のMWがいくつかの日本のワイン産地を訪問。各地のワイナリーやブドウ畑を視察し、生産者たちと交流しています。今回のセミナーは、そうした産地訪問で得た知見も踏まえ、海外の専門家の視点から日本ワインの品質や個性、世界市場における可能性を考える、という内容でした。
テイスティングには、山梨県、長野県、北海道から各3種類、計9種類の日本ワインが登場。いずれも「jancisrobinson.com」で20点満点中16.5点以上の評価を受けたワインがセレクトされています。

CHAPTER 01
世界が日本ワインに関心を寄せる理由
ヘミング氏は、日本ワインに対する国際的な関心の背景として、まず日本という国そのものが持つ文化的な魅力を挙げました。
世界各地に広がる日本食レストランや日本酒への関心など、日本の食文化はすでに海外でも広く知られています。日本ワインにとっても、そうした文化的な認知は海外市場への入口になり得ます。また、日本ワインの多くが小規模生産であることも、希少なワインや新しい産地を発見したい愛好家にとっては魅力になるといいます。
品種についての見解は、甲州は、日本を代表する品種として海外市場への入口となる可能性があります。一方で、シャルドネやピノ・ノワールといった国際品種から、世界的に評価される品質のワインを生み出せることにも大きな意味があると指摘します。
とくに「日本でしか栽培されていない品種や、日本にしかない特徴を探すことだけが、日本ワインの価値を示す方法ではない」といったコメントが印象的です。
では、実際に日本のワインにはどのような魅力があるのでしょうか。3つの産地を巡るテイスティングを行いました。
CHAPTER 02
長野県〜3種類のワインから考える、産地の個性〜
最初に登場したのは、長野県の白ワイン3種類。いずれも異なるアプローチで造られたワインです。
テールドシエル/ソーヴィニヨン・ブラン アン ベトン 2023
コンクリート製の卵型タンクを使用したソーヴィニヨン・ブランです。
ヘミング氏は、ニュージーランドの典型的なソーヴィニヨン・ブランとは異なり、青草を思わせる香りが控えめで、熟した果実や澱に由来する風味が感じられると評価しました。
甘みを感じるほど豊かな果実味がありながら、残糖は1g/L未満。完全な辛口でありながら豊かな質感を備え、果実以外の複雑な風味も感じられるワイン。
ヴィラデストワイナリー/ヴィニュロンズ・リザーブ シャルドネ 2024
樽発酵・樽熟成によるスパイスやクリーミーなニュアンスに、パイナップルやメロンを思わせる豊かな果実味が重なります。
ヘミング氏が特に注目したのは、十分な熟度とフルボディの味わいを持ちながら、アルコール度数が12.3%にとどまる点でした。
一般的に、ブドウの糖度が高まれば、発酵によって生まれるアルコール度数も高くなります。しかし、このワインは豊かな果実味と比較的控えめなアルコール度数を両立しています。この特徴は、今回のセミナーを通じて繰り返し登場する重要なテーマとなりました。
信州たかやまワイナリー/ヴァラエタル・シリーズ シャルドネ 2022
樽発酵・樽熟成は全体の25%で、そのうち新樽の使用割合は25%。前のワインと比較すると樽の影響が控えめで、果実本来の風味が前面に現れています。ヘミング氏は、2022年産でありながら驚くほど若々しい点も評価しました。
標高の異なる区画で約2か月にわたって収穫されたブドウが、フレッシュさと熟した果実の豊かさをもたらしているのではないかと考察します。
「長野らしさとは何か」
3種類を試飲したあと、ヘミング氏は興味深い問いを投げかけました。
「これらのワインに、長野産であることを示す共通項はあるのか」それぞれ高品質でありながら、品種も醸造方法も、味わいの方向性も異なる3種類。
産地の個性とは何なのか。それを一つの味わいで定義することは、ブルゴーニュやボルドーのような歴史ある産地でも容易ではありません。

CHAPTER 03
北海道〜世界が注目する冷涼産地〜
ヘミング氏によれば、海外のワイン愛好家から日本ワインについて尋ねられる際、最初に話題になるのは北海道であることが多いそうです。
ブルゴーニュの生産者が北海道でワイン造りを始めていること、世界的に冷涼産地への関心が高まっていること、そしてワインそのものの品質が高いことなどが、その理由として挙げられました。
NIKI Hills Winery/HATSUYUKI 2025
品種はケルナー。リースリングを思わせる石油香やオイリーなニュアンス、若々しいライムのような果実味が印象的とコメントします。
ヘミング氏は、リースリングとの違いとして酸の質感に注目。pH3.5、総酸度7.6g/Lという数値にも触れながら、北海道の冷涼な気候が表れたワインだと評価しました。
ドメーヌ・ユイ/A4 シャルドネ 2024
ブルゴーニュの高品質なシャルドネを思わせる醸造アプローチに、豊かに熟した果実味が特徴的なワインです。
ヘミング氏は、その果実味を自身が食べた「焼いたパイナップル」に例えました。
ここでも注目したのはアルコール度数です。凝縮感のある豊かな果実味を備えながら12.5%という点を、ワイン愛好家にとって魅力的な特徴として挙げました。
千歳ワイナリー/キムラヴィンヤード ピノ・ノワール 古木 2024
樹齢40年を超えるブドウ樹から生まれたピノ・ノワールです。冷涼産地らしい軽やかなボディと、生き生きとした果実味が特徴。ヘミング氏は英語で「crunchy」と表現しました。
果実をかじったような新鮮さがあり、冷涼産地のピノ・ノワールとして典型的な魅力を備えていると評価しています。
「日本の雨は、弱点だけではない」
北海道のワインを試飲する中で、ヘミング氏は日本の栽培環境についても興味深い指摘をしました。
Google Earthでドメーヌ・ユイの畑を見ながら、近年のヨーロッパでは乾燥したブドウ畑の光景が目立つ一方、日本の畑は驚くほど緑が豊かだと語ったのです。
日本では、雨や湿度の高さがブドウ栽培の課題として語られることが少なくありません。しかし、十分な降雨とブドウを成熟させる温暖さが共存することは、見方を変えれば、将来的な強みになる可能性もあるといいます。
もちろん、降雨量の多さがそのまま栽培上の優位性を意味するわけではありません。それでも、日本の気候を海外の産地とは異なる角度から捉えた、非常に印象的なコメントです。

CHAPTER 04
山梨県〜甲州の可能性と国際品種が描く赤ワイン〜
最後は山梨県の3種類。日本を代表する品種である甲州2種類と、ボルドー系品種を使用した赤ワインが登場しました。
勝沼醸造/アルガブランカ イセハラ 2024
甲州は、香りが穏やかで軽やかなワインとして紹介されることもあります。しかし、このワインでは部分的な樽発酵や澱との熟成によって、質感とボディが加わっています。
ヘミング氏は、高品質なグリューナー・ヴェルトリーナーを思わせるスタイルと表現しました。海外の愛好家にとっても比較的なじみのあるスタイルとして、甲州の新たな可能性を示す一本と捉えています。
98WINEs/甲州
ステンレスタンクによる発酵で仕上げた、より一般的な甲州のイメージに近いスタイルです。ソーヴィニヨン・ブランやヴィオニエのように強い特徴香を持つ品種ではないため、ブラインドテイスティングでは品種の特定が難しい場合もあります。
一方、その控えめな風味こそが、和食、とりわけ刺身との相性につながると指摘しました。料理の繊細な味わいを覆い隠さないことも、甲州の魅力の一つです。
サントリー登美の丘ワイナリー/登美の丘 赤 2022
最後に登場したのは、ボルドー系品種を使用した赤ワインです。
ヘミング氏は、豊かな黒系果実、スパイシーな樽香、滑らかなタンニンから、ボルドーよりもむしろナパ・ヴァレーの赤ワインを比較対象に挙げました。ただし、ナパの同様のスタイルであれば14.5〜15%程度のアルコール度数が想定されるのに対し、このワインは12.5%。豊かな果実味と比較的控えめなアルコール度数という、今回繰り返し登場した特徴を、最後のワインでも確認することになりました。

CHAPTER 05
テイスティングから見た日本ワインの強み
今回のテイスティングを通じて、ヘミング氏が繰り返し言及した特徴がありました。
それは、豊かな果実味と比較的控えめなアルコール度数の両立です。
ヴィラデストワイナリーのシャルドネ、ドメーヌ・ユイのシャルドネ、そしてサントリー登美の丘ワイナリーの登美の丘 赤。いずれも十分な熟度や豊かな果実味を備えながら、アルコール度数は12%台でした。
世界的に知られる産地のスタイルと比較できるほどの風味を持ちながら、アルコール度数が比較的低いことは、海外のワイン愛好家にとっても魅力になり得るという見方です。(ただし、ヘミング氏自身も、数種類のワインから日本ワイン全体の特徴だと結論づけることはできないと説明しています。)
もう一つ、ヘミング氏の話で印象的だったのは、日本ワインの多様性です。
ソーヴィニヨン・ブランの独創的な表現から、国際的なスタイルのシャルドネ、冷涼なピノ・ノワール、繊細な甲州、そして豊かな果実味を備えた赤ワインまで。
今回の9種類は、日本ワインを単一の味わいやスタイルで定義することの難しさと、それ自体の魅力を示している、とのことです。

CHAPTER 06
世界市場進出にあたっての課題
一方で、ヘミング氏は、日本ワインの海外展開について現実的な課題も指摘しました。
その一つが、生産者の小規模性と市場の細分化です。
生産量が少ないワイナリーでは、海外への輸出に必要な数量を確保すること自体が難しい場合があります。人気の高い生産者であっても、国内の酒販店にごく少量しか割り当てられないことがあるのが現状です。
一方で、サントリーのように比較的大きな生産量と既存の国際流通網を持つ企業もあります。ヘミング氏が今後の鍵として挙げたのは、生産者や事業者の連携によって、海外の消費者が期待する価格で、実際に購入できる仕組みをつくることでした。
海外で日本ワインに興味を持つ人がいても、購入できる場所がなかったり、価格が期待から大きく離れていたりすれば、市場の広がりにはつながりません。
甲州は、すでにロンドンで継続的に試飲会が開催されるなど、海外での認知を広げる取り組みが続いています。日本を代表する品種として海外市場への扉を開く可能性がある一方、その先には、ワインを安定的に届けるための事業者間の連携も必要でしょう。
世界のワイン市場そのものが厳しい局面にあることも踏まえ、品質への評価と市場での成功は、分けて考える必要がありそうです。
CHAPTER 07
海外からの視点に対する生産者たちの声
今回のセミナーには、テイスティングワインを提供した生産者たちも参加していました。セミナー終了後、彼らにも話を聞きました。
◼️「日本の栽培環境を、強みとして捉える」(勝沼醸造 有賀翔氏)
2026年3月に実施されたMWたちの日本産地訪問では、有賀氏自身も彼らと交流。海外の栽培環境の違いや、甲州という品種の特徴、さらに山梨県内でも栽培地によって異なる個性について説明したといいます。特に伝えたのが、日本の降雨量の多さと、そこから発達してきた棚栽培の関係でした。
今回のセミナーでヘミング氏が、日本の豊富な降雨と温暖な気候を、将来的なブドウ栽培の強みになる可能性があると指摘したことも印象に残ったそうです。
「これまでは雨が多いことをネガティブに捉えることが多かった。でも、僕らの世代は、それをポジティブに捉えているところがありました。それがうまく伝わっていて良かったと感じました」
海外の主要産地とは異なる日本の気候条件。その違いを克服すべき弱点としてだけでなく、日本ならではのワイン造りを考える手がかりとして捉え直す。ヘミング氏の言葉には、有賀氏たちが現場で模索してきた方向性とも重なるものがあったようです。
◼️「多様性こそ、長野らしさなのかもしれない」(テールドシエル 桒原一斗氏)
長野県小諸市のテールドシエルから参加した桒原一斗氏も、「いろいろな方と話し、ワインをテイスティングして、MWのコメントを聞くことで、自分の中でも整理ができました。今年のワイン造りの糧になりましたね」とコメントしました。
改めて意識したのは、その土地でしか生まれない味わいを、どのようにワインに表現するかということ。「産地や畑の味わいをどう表現するか。それを今後もずっと追求していきたいと再確認しました」
一方で、長野らしさとは何かという問いに対しては、興味深い答えが返ってきました。小諸市内であっても、生産者や畑によって、同じソーヴィニヨン・ブランから異なる味わいが生まれるといいます。さらに長野県全体に目を向ければ、標高の違いによって栽培環境も大きく変わります。
「同じ品種でも、標高によって味わいが違う。長野はすごくバラエティ豊かな産地だと思います。その多様性こそが、ある意味、長野らしさなのかもしれません」
ヘミング氏が長野の3種類を試飲したあとに投げかけた、産地に共通する個性とは何かという問い。それに対するひとつの答えとも言えそうです。
CHAPTER 08
今回のセミナーが目指したもの
今回のセミナーには、ワイン業界関係者や愛好家など、約120名が参加しました。
主催者の別府岳則氏によれば、開催のきっかけは、ヘミング氏自身からの提案だそうですが、背景には、2026年3月に実施されたMWたちによる日本産地訪問があります。
海外の専門家たちが日本のワイナリーを訪れ、実際にブドウ畑を見て、生産者と交流する機会は生まれています。しかし、その訪問を通じて得られた評価や気づきを、日本のワイン業界に向けて共有する機会は、これまで十分にはありませんでした。今回のセミナーは、そうした海外からの視点を、日本の生産者やワイン関係者へ共有することも目的としていたのです。
別府氏は、参加者について「日本ワインが好きというだけではなく、よりインターナショナルな視点でワインを見たいという方が多かったのではないかと思います」と振り返ります。
実際に、今回のセミナーでは、海外のワインとの比較を通じて日本ワインの品質やスタイルが論じられただけでなく、流通や市場規模、海外での販売戦略まで及びました。
別府氏は今後についても、海外のワイン専門家と日本の市場をつなぐ機会を継続していきたいと話します。海外の専門家が日本ワインを評価するだけでなく、その視点を日本の生産者やワイン業界へ届ける。そして、日本からも自らの産地やワインについて発信していく。
今回のセミナーは、そうした双方向の交流を深める機会にもなりました。

CHAPTER 09
さいごに
今回のセミナーで印象的だったのは、ヘミング氏が日本ワインに対して、必ずしも「日本らしい味わい」という一つの答えを求めていなかったことです。
甲州の繊細さも、国際的にも高い水準といえるシャルドネの完成度も、冷涼なピノ・ノワールも、豊かな果実味を備えた赤ワインも、それぞれが日本ワインの可能性を示しているのです。
一方で、品質への評価が、そのまま海外市場での成功につながるわけではありません。生産規模や流通、価格といった課題にどう向き合うかも問われています。
日本ワインの現在地と未来を探る今回のセミナーは、そんな可能性と課題の両方を、世界のワイン専門家の視点からあらためて見つめる機会となりました。
CHAPTER 10
『The World Atlas of Wine』ジャンシス・ロビンソンMW マスタークラス&試飲会
さて、いよいよジャンシス・ロビンソンMWが東京にやってきます。
11月22日(日)、世界を代表するワイン評論家 Jancis Robinson MWを迎え、東京・青山で特別なマスタークラスが開催されます。
テーマは
『The World Atlas of Wine』
世界中のワイン産地を長年見続けてきたジャンシスとともに、変化するワインの世界を、実際にテイスティングしながら紐解く2時間。
マスタークラス終了後には試飲会も開催します。
さらに会場では『The World Atlas of Wine』最新版の販売、イベント終了後にはサイン会も予定しています。
ジャンシス本人の言葉で、世界のワインを学べる貴重な機会です。

2026年11月22日(日)

マスタークラス 13:00–15:00

試飲会 15:30–17:30

キャプラン ワインアカデミー 青山教室

¥19,800
この記事を書いた人
