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20年前の適地の変化〜シャトー・メルシャン 椀子ワイナリーが向き合う「現在進行形」のテロワール〜

Miyuki Isobe5 分
目次
  1. 01収穫が2週間早まった2026年
  2. 02品種による気候変動への対処
  3. 03難しい土壌が生んだ、椀子のシラー
  4. 04「白コショウ」と「エレガント」
  5. 05テロワールは、果たして不変なのか

長野県上田市丸子地区。標高約650mの陣馬台地に広がる9月の「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ワイナリー」は、爽やかで心地よい風が吹き、開放感に満ちています。
周囲を山々に囲まれながらも、畑そのものが高台に位置するため、視界を遮るものがほとんどないのです。

シャトー・メルシャン事業本部 チーフワインメーカー勝野泰朗氏によれば、「360度遮るものがないような状態」により豊富な日照と風の恩恵を得られることこそが、この土地の大きな特徴とのこと。

メルシャンがこの土地にブドウ畑を拓いたのは2003年。日本のワイン産地にとって大きな課題となる雨をできるだけ避け、標高によって冷涼さを確保できる場所を探し、この地へたどり着きました。

年間降水量は1,000mmを下回り、標高は約650m。20数年前、畑の品種構成を検討した当時、生育期間中の積算温度はボルドーに近い水準だったといいます。

その環境を前提として、メルローなどのボルドー系品種を中心に、冷涼な年を想定したシャルドネやピノ・ノワール、暑い年にも対応できるシラーなどが植えられました。

ところが約20年が経った今、勝野氏によると「温暖化が進み、この地もだいぶ暑くなりましたよ」と。ここでもかつて「適地」として選んだ土地の気候そのものが変わりつつある事実を聞かされます。

変わり続ける環境の中で、彼らはこの地をどう捉え直しているのか、勝野氏に伺いました。

CHAPTER 01

収穫が2週間早まった2026年

その変化は、収穫時期にもはっきりと表れています。

取材時、畑の一角にあるピノ・ノワールはすでに収穫を終えていました。この年の収穫日は8月29日。例年なら9月に入ってから収穫するところ、約2週間早かったといいます。

スパークリングワイン用のシャルドネも8月24日頃から収穫を開始。さらに、畑の中で最も晩熟のプティ・ヴェルドも、通常は10月下旬までかかるところ、前年は10月10日頃には収穫を終えたそうです。

単にぶら下げておいて糖度が早く上がればいい、という問題ではないようです。

気温が高くなれば糖度は上がり、酸は落ちていきます。一方、色やタンニンといったフェノール類の成熟は必ずしも同じ速度で進むわけではない。糖度は十分なのに色が乗らない、あるいはタンニンが未熟というアンバランスなブドウになる可能性もあります。

CHAPTER 02

品種による気候変動への対処

変化する気候にどう対応するのか。
勝野氏がまず上げるのは品種のこと。「根本的には、その気象条件に合った品種に植え替えていくという動きをしていかないといけないでしょう」。

椀子ワイナリーでは、現在8品種構成でワイン造りをしていますが、次なる品種の栽培に着手しました。変わりゆく気象条件に適応していくことを意識した選択です。
更なる品種についても勝野さんは、「マルベックなど温暖な地域の品種にスコープを当てる時期が来ているのかもしれない」と話します。

気候が変われば、それに合わせて品種や栽培を変えていく。いま椀子で行われているのは、そんな「適地・適品種」の再検証ともいえるでしょう。

CHAPTER 03

難しい土壌が生んだ、椀子のシラー

一方、20年前の品種選択の中から、この土地との相性を見せてきた品種もあります。

それが「椀子シラー」でおなじみ、シラーです。

椀子ワイナリーの土壌は非常に硬く、乾燥するとスコップが刺さらないほど。雨が降っても水が土中へ浸透しにくく、斜面では表面を流れていきます。

ブドウを植えるには決して扱いやすい土地ではなさそうです。植え付け時には穴を掘ることさえ難しく、若木が定着し成木になるまでに要する時間も長いといいます。

しかし、時間をかけて根付いたブドウにとっては、なんとその厳しさが一つの利点になるという。根が自由に伸びにくいため、自然に根域が制限され、樹勢が抑えられる。実際、2009年に植えたシラーも樹齢の割に幹が細く、生育は非常にゆっくりです。

その一方で、樹と果実のバランスは良く、雨が降っても急激に果粒が膨らみにくい。

「時間がかかるけど、定着した木からは非常にいいバランスを保った果実がつきますよ」こうした勝野氏の話からは、「栽培しやすい土地」と「良いワインを生む土地」は、必ずしも同じではないのかもしれない、と思えてきます。

CHAPTER 04

「白コショウ」と「エレガント」

その椀子のシラーを、レストランの現場から評価するのが、今回同行したESPRIT C. KEI GINZAのシェフソムリエを務める中島一希氏です。

初めて「シャトー・メルシャン椀子シラー」をテイスティングした際、強く印象に残ったのが「白コショウ」の香りだったといいます。そしてもう一つが、エレガントであること。

「このシラーを海外の方に案内しても、絶対おいしいと言ってくれる。それが扱いたいと思った一番の理由です!」と熱く語る中島氏に対し、勝野氏も、「エレガントと言っていただくのは、僕らにとってすごく嬉しい言葉ですね」と応じます。

「まさにそこを目指して、お酒のバランスをとってワイン造りをしているので」。
シラーというと、力強さや凝縮感を想像する人もいるかもしれません。しかし椀子では、穏やかなタンニンとジューシーさを備え、重さではなくバランスを重視したスタイルを目指しています。
中島ソムリエが捉えた白コショウのニュアンスも、勝野さん自身が「椀子ならではのすごく特徴的な香り」と語るものです。

CHAPTER 05

テロワールは、果たして不変なのか

2003年に最初の植え付けを始めた椀子ワイナリーは、年々畑を広げ、現在は約30haまで広がりました。2019年には、当初からワイナリー建設用として残していた高台に、椀子ワイナリーが完成しています。

20数年前、この土地を選んだ理由には、少ない降水量と標高による冷涼さがありました。しかし気候は変わりました。

収穫日は早まり、かつてボルドーに近いと考えられた気温条件も変化している。その一方で、当初は栽培の難しさでもあった硬い土壌がシラーの樹勢を抑え、椀子ならではのスタイルにつながっている可能性も見えてきました。

そして今、新しい品種を植え、これからの気候に適した品種構成を模索しています。

テロワールという言葉は、ともすると「その土地がもともと持っている変わらない個性」のように語られがちです。しかし、勝野氏の話から想像する椀子のテロワールは、”変化していく”動的なもののように感じます。

土地があり、気候があり、そこに人がブドウを植え、20年という時間をかけて観察し、変化に応じて次の選択をする。

この土地に何を植えるべきなのか。いつ収穫するのか。そうして育ったブドウからどんなワインを造るのか。それは20年前と今とでは全く同じではありません。そして、おそらく10年後にもまた変わっているでしょう。

だからこそ、いま畑で起きていることを勝野氏は丁寧に記録し、順応し、育んでいます。

そうして、今現在、気候変動という大きな変化の中で、「椀子らしさ」そのものが更新され続けているのでしょう。

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