世界に誇る日本の黒ブドウ品種、「マスカット・ベーリーA」

1927年に(株)岩の原葡萄園の創業者・川上善兵衛によって作出された同品種は、今もなお日本ワインにとって重要な存在です。

マスカット・ベーリーAはイチゴやキャンディを思わせるカジュアルなワインを生み出すことで知られていますが、現在では栽培方法や醸造などが見直されており、多種多様なスタイルが普及中。

ここでは、日本を代表する黒ブドウ品種「マスカット・ベーリーA」について徹底解説していきます。

マスカット・ベーリーAの概要

ベーリー種とマスカット・ハンブルグ種との交配で誕生したブドウ品種、マスカット・ベーリーA。

ワインの原料として、日本で最も受入数量の多いワイン用ブドウ品種とされています。

国税庁による国内製造ワインの概況(平成30年度調査分内のワイン原料用国産生ぶどうの受入数量)によると、マスカット・ベーリーAは赤ワイン用品種全体の14%を占める2,993t。

日本で最も仕込まれている赤ワイン用ブドウ品種のひとつ、といっても過言ではないでしょう。

また、同概況内の原料用ぶどう品種の主要産地(ぶどう産地別受入数量)のデータによると…

  • 山梨県 1,842t
  • 山形県 477t
  • 長野県 251t

ということで、山梨県が最も多くワイン用ブドウとして生産しているようです。

ただしマスカット・ベーリーAは、日本の気候や土壌に適応しやすいことから北海道を除く本州から九州まで幅広い場所で栽培されているところも特徴。

上位3県には入っていないものの、生誕地である新潟県でもしっかりと栽培されています。

マスカット・ベーリーAの歴史

冒頭でもお伝えした通り、マスカット・ベーリーAは岩の原葡萄園の創業者・川上善兵衛によって作出されたブドウ品種です。

時系列にその歴史を辿ると…

1927年にベーリー種とマスカット・ハンブルグ種との交雑育種にて誕生

1931年に初結実

1940 年に発表

とされています。

川上善兵衛は数多くの交雑・交配品種を作出したものの、現在日本で最も普及しているのがこのマスカット・ベーリーA。

「日本のワインの父」とも呼ばれる同士ですが、同品種の開発ひとつとっても日本ワインの発展に大きく寄与した人物であることは間違いありません。

マスカット・ベーリーAと川上善兵衛

マスカット・ベーリーAの歴史を簡単にまとめると前述したような流れになりますが、ここではより詳しく川上善兵衛とマスカット・ベーリーAの関係性に踏み込んでいきましょう。

そもそも、なぜ川上善兵衛は品種交配の研究をはじめたのでしょうか。

岩の原葡萄園の開設当初、同士は欧米品種をそのまま栽培しようと試みたようですが、多種多様な工夫もむなしく思うような成果が得られなかったといいます。

この結果からブドウ自体を品種改良すべきだ、という結論に至った川上善兵衛。

海外の学術書で“メンデルの法則”を知ったことにより、病害虫に強いアメリカ種のブドウを“母”、ヨーロッパ種を“父”として品種交配の研究をスタートしたといわれています。

費用的にも大きな負担を強いられる研究だったことから、寿屋(現サントリー)が資本参加。

大手企業のバックアップもあり、川上善兵衛は1922年から1944年の間になんと10,311種のブドウを作出しました。

そして、その中でもとくに日本の風土に合う上に良質なワインを生み出す優良品種「22品種」を発表。

  • エキストラ・フォール
  • ベーリー・アリカントA
  • グラック・クイーン
  • レッド・ミルレンニウム

など…これらのうちのひとつが、「マスカット・ベーリーA」だったのです。

ちなみにマスカット・ベーリーAが初結実した2年後の1933年に「マスカット・ベーリーB」という品種も初結実し、その後品種発表されたものの“A”だけが生き残った…という形になっています。

マスカット・ベーリーAの特徴 栽培

マスカット・ベーリーAは古くから日本で栽培されている品種であり、生食用も兼ねていることからその多くが「棚仕立て」で栽培されています。

耐病性、耐湿性、耐寒性に優れていることから育てやすく、その多くが早い時期に収穫される傾向にありました。

しかし近年、より良質なワインを生み出すために生産者たちはマスカット・ベーリーAのポテンシャルを再考。

垣根仕立てでマスカット・ベーリーAを栽培したり遅摘みを採用したり、小粒化を目指すなど、“ワイン原料としてのマスカット・ベーリーAの栽培”へと舵が切られ始めています。

一部の生産者の中には完全無農薬で栽培をおこなうなど、今までになかった新たなアプローチも…。

日本ワインファンとしては、世界を見据えたマスカット・ベーリーAの栽培アプローチに今後も注目していきたいところです。

マスカット・ベーリーAの特徴 醸造

マスカット・ベーリーAというと、イチゴやキャンディ、綿飴の香りや風味、甘酸っぱく、タンニンが控えめのライトボディの赤ワインが多く生み出されている印象を持たれる方も多いかもしれません。

事実そういった特徴を持つマスカット・ベーリーAのワインは多いですが、近年さまざまなスタイルのワインが生み出されている傾向にあります。

樽熟成をしっかりと経た長期熟成タイプのものやカルボニック・マセラシオンを採用したよりフルーティーなタイプ、ロゼ、スパークリングワイン、微発泡ワインなどもその顔ぶれも多種多様。

前述したように栽培にこだわったマスカット・ベーリーAからは、海外産ワインにはない繊細さとエレガントさ、芯の通った力強さなどを感じる驚くべき品質のワインが生み出されています。

“マスカット・ベーリーAは軽くて甘酸っぱい、しゃばしゃばな赤ワイン”といった時代は終わり、すでに次のステージに突入しているのです。

マスカット・ベーリーAの香り

何度もお伝えしているようにマスカット・ベーリーAの香りを表現する際、キャンディとかイチゴ、サクランボ、綿飴といったコメントが必ず登場します。

まず、同品種はアメリカ種のワインが交配されていることから、フォクシー・フレイバーと呼ばれる特有の香りがあります。

この独特の香りは、アントラニル酸メチルやアントラニル酸エチル、o-アミノアセトフェノンと呼ばれる香気成分が関連していると考えられていますが、良質なワインを生み出す生産者はあえてこの香りを上手に利用しているようです。

個性を消すのではなく、上手に生かす。

欧州のワインを目指せ追い越せといったワイン造りの方針ではなく、日本だからこそ生み出せる赤ワインといった方向性になってきている状況が今のマスカット・ベーリーAからうかがえます。

また、マスカット・ベーリーAからワインを造る生産者の多くが注目しているのは、同品種にふくまれている「フラネオール」という香気成分です。

イチゴ様の香りなどに関連するもので、マスカット・ベーリーAのゲノム研究からもフラネオール生成に関連する遺伝子が確認されています。

フラネオールはピノ・ノワールにもふくまれている香気成分として知られており、この香気成分をどう生かすかでワインのスタイルも変わってくるそう。

マスカット・ベーリーAの香りで重要なのは、フラネオール。(もちろん、ほかにも多種多様な香気成分があります)

初心者の方は、まずここを覚えておくとテイスティングの時などに役立つことでしょう。

マスカット・ベーリーAのペアリング

マスカット・ベーリーAは、海外産ワインと比較すると穏やかな性格の赤ワインであることから、和食や中華、エスニック料理などと相性が良いといわれています。

ダシに関連する成分やカラメルを思わせる風味もあることから、焼鳥のタレやすき焼き、醤油を使った煮付けなどと相性が良く、日本ワイン好きには親しまれているようです。

またやや果実の甘い風味もあったりタンニンが少ないことも関連して、マスカット・ベーリーAのロゼなどはエビチリや麻婆豆腐、酢豚、チリソースを使ったエスニック料理など幅広いペアリングが楽しめます。

肉であれば脂身が多過ぎないものを選ぶとよいかもしれません。

とにかく、一般的な赤ワインと比較してもペアリングのストライクゾーンの多い赤ワインなので、いろいろとご自宅で試してみるのもよいのではないでしょうか。

これぞ日本の赤ワイン!

マスカット・ベーリーAは、2013年にOIV(Office International de la vigne et du vin 国際ブドウ・ワイン機構)に品種登録された、日本を代表する黒ブドウ品種です。

海外産のカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーズ、メルローなどと比較するとパンチは弱いものの、そのエレガントさと華やかさは他国産のワインにはない、日本独自の味わいでしょう。

今、マスカット・ベーリーAは進化し続けている最中であり、これからもどんどん品質が高まっていくことは間違いありません。

「これぞ日本の赤ワイン!」と、日本人である私たちが胸を張って世界に紹介できる、そんなワインがこれからどんどん生み出されいくはずです。

ぜひ、これからもマスカット・ベーリーAを皆で応援し続けていきましょう!

参照

国内製造ワインの概況(平成30年度調査分)

マスカット・ベーリーAのOIV登録

<醸家銘々伝> 新潟県 ・上越市岩の原葡萄園

ブドウ品種「マスカット・ベーリーA」のゲノム解読に成功

はじめにブドウありき