プロの直接指導を受けながら、ご自身のオリジナルワインを造るプログラム「あなただけのワインづくり体験」。
9月にリリースされたこちらは「飲み手が生産の最初の工程から関わる」という新しい試みのワインづくり体験プログラムとなっています。

さて、今回は2日目、醸造の続きです。
前日に収穫・選果したブドウが「ワインになっていくプロセス」を、かなり踏み込んだところまで体験・見学していきます。
また、樽の中とタンクの中で、実際にどのような変化が行われているのかも学びます。

樽発酵とMLF(乳酸発酵)

まずは今回のプロジェクトとは別で、樽庫ですでに発酵を終えたシャルドネを高橋氏にご案内いただきました。
ただし「終わっている」のはアルコール発酵だけで、その後もMLF(マロラクティック発酵/乳酸発酵)がゆっくり進行中だという。

  • シャープなリンゴ酸 → まろやかな乳酸へ変換

  • 時期:おおよそ12月頃まで樽内でゆっくり進む

  • その後、春までオリとともに熟成

ここではバトナージュ(オリ攪拌)の作業を体験しました。
澱はかなり重く、とくに女性は一苦労の様子です。毎週この作業をするだけでもそれなりの力仕事だなという実感ですね。

  • 白の一部(シャルドネ)は、澱を完全に引き抜かず

  • 一週間に一回程度、樽内でオリをかき混ぜる

  • オリ由来のうまみ・まろやかさ・厚みをワインに移していく

”樽発酵”はステンレスタンクで発酵後に樽に移す方法もあるが、このワイナリーでは「最初から樽内発酵」を採用しているそうです。その理由は:

  • 樽香が穏やかに、よりエレガントにつく

  • 樽+オリ+時間で、複雑さが自然に積み上がる

「樽発酵」という言葉はよく聞きますが、“いつから樽に入って、何をしているか”が具体的にイメージできたのではないでしょうか。

1. ラッキングチューブで「オリを避けて」ワインを抜く

さて、”わたしたちのワイン”に戻ります。昨日タンクの中で発酵させたワインは、底にオリがたまった状態でした。
ここから「澄んだワインだけ」をどうやって取り出すのか。

ここで登場したのがラッキングチューブ

  • タンクの底からの高さを、外側の目盛りで調整できるチューブです

  • 「澱が1cmくらいたまっている」と想定し、やや上の位置に吸い込み口をセット

  • 樽に差し込んで、オリの上の澄んだ部分だけを吸い上げる

途中で濁りが混じってきたかどうかは、途中に付いているサイトグラス(透明な窓)で確認します。濁りが見え始めたら、その瞬間にストップ。アナログな容器に、こうした“微調整可能な道具”が組み合わさっているのが面白いです。

2. 乾燥酵母を「起こす」工程

次は、実際に酵母添加(イノキュレーション)を体験しました。

作業を整理すると、ほぼ「実験」のような手順です。

  1. 乾燥酵母+栄養素を、37℃のぬるま湯で20倍量に溶かす

  2. 約20分置き、酵母が目覚めて泡立ってくるのを待つ

  3. そこに、ワイン用の果汁を少量ずつ足しながら、

    • 温度を37℃ → 20℃近くまで段階的に下げる

    • 糖度も徐々に近づける(いきなり高糖度の果汁に入れない)

理由はシンプルで、「ショック死させないため」。

  • 温度変化が急すぎる → 熱ショック/冷ショックで酵母が弱る

  • 高糖度液にいきなり入れる → 浸透圧ショックで細胞が壊れる

仲間からはパン生地との例えも出ましたが、「ワイン酵母もかなりデリケート」ということがよくわかります。

3. YAN(Yeast Assimilable Nitrogen)という考え方

酵母の栄養管理の話で、YANという指標も登場しました。

  • YAN = Yeast Assimilable Nitrogen
    (酵母が利用できる形の窒素の量)

  • 目安:250〜300 ppm あると理想的

  • 今回の果汁は 160 ppm → 100 ppm ほど不足

  • よって、リン酸アンモニウム等の窒素源を添加して補う

さて、YANが低いとどうなるか?も気になりますね。

  • 栄養不足 → 酵母が途中で疲れてしまい、発酵が止まりやすい

  • 結果として「残糖のある、うすら甘いワイン」になってしまうリスクがある

白では硫酸アンモニウムよりも、硫酸イオンの影響が少ないリン酸アンモニウムを使うことが多いとのこと。
また、白ワイン向けにはグルタチオン系の資材も使用し、酸化防止・フレッシュさの維持を狙うそうです。

ここまで聞くと、ワインづくりというよりもはや「酵母の健康管理プロジェクト」のようです。

4. 比重・濁度・分析室の仕事

発酵前の果汁については、いくつかの数字を実際に測らせてもらいました。

■ 比重(Specific Gravity)

比重計を使い、果汁の比重を測定。
この日は 1.095 前後 と、かなり高めの数値。

  • 比重 ≒ 糖度の目安

  • 糖度から、おおよその最終アルコール度数(13%前後など)を推定

■ 濁度(NTU:Turbidity)

濁度計で測定した濁度は 201 NTU
ざっくり言うと、

  • 濁度が低い → 栄養分が少なく、すっきりしたスタイル

  • 濁度が高い → 果汁中のエキス・栄養分が多く、リッチなスタイルになりやすい

シャルドネなど“パワーのある白”を狙う場合、濁度300 NTU程度に設定することもあるという。
今回は200 NTUで、「エレガント寄りでちょうど良い」とのことでした。

■ 分析室の役割

分析室では、次のような項目を測定しているそうだ。

  • pH

  • 総酸(滴定)

  • YAN(酵母が利用可能な窒素量)

  • アルコール度数(小型の蒸留器を使って測定)

  • 亜硫酸(専用の分析器で揮発させて滴定)

いずれも、完全自動の分析機器を使えば一瞬で出せるが、数百万円クラスになってしまうそう。高橋氏は、「時間と手間をかけて手動で測ります」と努力されています。

さらには、「実際、絞ったり酵母を入れたりしている時間より、洗い物と分析をしている時間の方がずっと長いんです。」とのコメントは非常に印象的でした。

ワインづくりは、華やかなイメージと裏腹に、「データ」と「地味な作業」の積み重ねであることがよく伝わってきました。

醸造のまとめ:二日目で見えた「ワインづくりの裏側」

二日間の体験を通じて感じたのは、

  • 樽の中で進む発酵・熟成は、感覚だけでなく数値管理が非常に重要

  • 酵母は“放っておけば勝手にやってくれる存在”ではなく、温度・栄養・環境を整えてあげる必要がある

  • 小さなミスが一年に一回しかない仕込み全体を台無しにする可能性があるため、「勘」だけでなく、分析と再現性が大切である

畑見学:垣根仕立てと「福祉×ワイン」の畑づくり

畑も一通り案内してもらいました。
植わっているのはカベルネ・メルロー、ゲヴュルツトラミネール、マスカット・ベーリーAなど。すべてが垣根仕立てです。

この畑を運営しているバックボーンは社会福祉法人で、主な作業を担っているのは、ここで働く障がいのあるスタッフたち。垣根仕立てに統一している理由は「オペレーションを単純化し、誰でも作業しやすくするため」だという。

畑作業において明確なルールを作ることで、剪定から収穫までを安定して任せられる体制を作っているそうです。結果として、どの列も非常に整った形になっています。

畑はもともと20年ほど耕作放棄されていた田んぼ跡で、現在の作付けは約0.8ha(将来的には2.5ha規模まで拡大予定)。化学肥料や除草剤は使わず、草を高めに刈りながら、クローバーなどのマメ科植物を増やすことで、窒素を土に戻すという考え方で管理しています。
標高は約120mと決して高くはないが、南向き斜面の粘土質土壌で、シャルドネやメルローに加え、ゲヴュルツトラミネールやマスカット・ベーリーAも想定以上の品質になっているといいます。

高齢化と耕作放棄地、福祉と雇用、そしてワイン用ブドウ栽培。
この畑は、それぞれの課題を無理なく繋ごうとする一つのモデルケースなのかもしれません。

参加者の声

二日間を終えた参加者からは、こんな感想が聞かれた。

  • 本や記事で知っていたつもりの工程も、実際に見る・手を動かすことで「百聞は一見にしかず」を実感しました。

  • 収穫だけでなく、選果・除梗・圧搾・酵母添加・分析まで体験できたことで、「自分たちのワインを仕込んだ」という実感ができた。

  • 普段はただ飲むだけだったワインが、化学的な管理や細かな数値の積み重ねで成り立っていることを知り、今後は一滴一滴をもっと大事に味わいたいと思った。

  • 東京ではまずできない「ブドウを摘むところからタンクまで」の一連の作業を体験できたことが、一番の思い出になった。

「ワインを一杯飲む」という行為の裏側には、収穫からの作業・樽・酵母・数字・分析・そして判断の積み重ねがあることを知り、より大事に向き合いたいと思うような体験になったようです。

今回仕込んだ白とオレンジワインがどんな仕上がりになるのか。あとは高橋氏にお任せして瓶詰め後の出会いを一同楽しみに待ちます。