東京から山梨へ向かう甲州街道。笹子峠を抜け、かつて宿場町として栄えた笹子町で360年以上の歴史をもつ笹一酒造。
もとは「花田屋」という屋号で、なんと1661年に酒造りをはじめた、現在では大月市唯一の酒蔵です。
関ヶ原の戦いのころから現在まで続いている酒造りというだけですでにロマンを感じますが、さらに特筆すべきは「日本で唯一、日本酒と日本ワインの両方を同じ蔵で作っている」ワイナリーでもある、ということ!
ワイナリーとしては、今年で70周年を迎えます。
大変興味深い「笹一酒造」、今回は代表取締役社長の天野怜氏に、その魅力をたっぷりとお伺いしてきました。
土地のこと・水のこと
ここ富士・御坂山地は、不純物が極端に少ない清涼な軟水が湧き出る日本唯一の地域であり、笹一酒造の場所からは富士・御坂山系の深層地下水が湧き出ています。
その昔、水飛脚が江戸城でお茶会をする際に運んでいたとの記述がある程の銘水です。また、明治天皇が京都にご行幸の際に携行する水「御前水」にも選ばれています。
この水流となっている富士・御坂山地は、アジア大陸と伊豆諸島の衝突によって生まれ隆起した地域 です。
数千数百年前に海底火山で噴出した溶岩やそれが粉砕された岩片からなっており、 本州の火山で噴出するものに比べてカリウムが少なく伊豆・小笠原諸島の溶岩と一致、つまり御坂山地は数千数百万年前の海底火山の噴出物なのです。
笹一酒造はその御坂地塊の上にあり、その地下には本州と小笠原諸島の衝突の影響でプレートの接合部から湧き水が出てくる海底火山(小笠原衝突帯)の地質の上にある酒蔵 ということです。
水は、地下に落ちるスピードが早ければ早いほど取り込む不純物が少なくなります。一方で、湧き出てくるにはかなりの時間を要します。
この火山性の岩石からなる地形は水の流れがとても早く、水を僅か10日間で地下に落とし込みます。そして、40年かけて湧き出てくるというなんとも自然に恵まれた場所なのです。
こうしたことから世界中の興味を惹きつけ、毎年大勢の海外からのソムリエの訪問を受けられていますが、この湧き水を飲んだあるソムリエは「3種類の味がする」と表現したそうです。
そうしたことからも、水がとても重要視される日本酒において、令和3年にGI山梨 富士・御坂山地として認定されています。
日本酒蔵が造る日本ワイン
さて、ここまで笹一酒造の土地がどれだけ水に恵まれている場所かをお話ししてきましたが、マニアックなワイン愛好家のみなさまならば、ワインのブドウは水捌けのよい土壌が大事なことはご存知でしょう。
水が湧き出る、溜まる場所の側、果たしてそれがワイン造り(ブドウ栽培)にとって本当に良い場所といえるのか、そんなことも気になりますね。
ここからは笹一酒造のワインについて見ていきましょう。
乾燥している土地であること、日照時間が長く昼夜の寒暖差が大きいこと、さらに風の通りが良い土地などが、ワイン用ブドウ栽培においての好条件です。とくに降水量と水捌けの良さは、最も重視すべきポイントのひとつでしょう。
まず笹一酒造が持つ圃場は、甲斐大和と豊富。どちらも御坂山地に位置します。
それぞれの畑の特徴をみていきましょう。
【甲斐大和畑】
笹子峠に位置します。勝沼のワインを語るに必ず出てくる「笹子おろし」*、この風が真っ先に通る畑です。
山梨県原生の白ブドウ「甲州」の原生種を栽培しています。
およそ2,500 万年前の陸地が動いた頃、ヨーロッパでヴィティス・ヴィニフェラが生まれ、その後ユーラシア大陸からシルクロードを通り、中国の野生種が配合され少し赤い皮になり、それが陸地が移動し小笠原諸島とぶつかったことから、この地に原生種があると言われています。
*「笹子おろし」とは
山梨県甲州市勝沼町周辺で秋口に吹き下ろす冷たい局地風。この風が特に夏場の暑さを和らげ昼夜の寒暖差を生み、酸度の高い葡萄を作ります。
【豊富畑】
甲府盆地の南に位置し、とくに昼夜の寒暖差が大きい場所。
欧州系品種(シャルドネ・シラー)を中心に栽培しているが、山梨の他の地域に比べ気温が暑いのでブドウの糖度が高くなるのが特徴です。偏西風により空気が滞留せず病気に強くもあります。
これら畑ふたつとも御坂山地に位置するため、前述のとおり土壌は海底火山の地層で火山性の岩石です。
そのため水の流れが非常に早い地域、つまり最高の水捌けであるということなのです。
天野氏が誘うテイスティング!
最高の日本酒をつくる湧き水が出る場所、水捌け良いブドウ畑をつくる火砕流の地層。
これらの距離はわずか車で10分程度!
フォッサマグナという地形がつくった奇跡的な自然環境がうみだす酒。
これは日本酒マニアもワインラバーも、両者そのお味が気になるところでしょう。
笹一酒造代表取締役社長の天野氏に、それぞれの酒を紹介していただきました。
ちなみにテイスティング場所は、火山岩である玄武岩で誂えた柱やカウンターがスタイリッシュな笹一酒遊館。
ここでしか買えない限定酒や酒麹を使った日本酒蔵ならではのスイーツにも出会えます。
さいごに
360年前から続く酒造り。
その由縁が、はるか数千年前の日本列島が形成されたころまで遡るとは、なんとも神秘的なことではありませんか。
衝突地帯の接合部から最高の水源により生まれる日本酒 、火砕流の地層の最高の水捌けの畑から造られるワイン。
神様からここで酒造りをするよう指定された特別な場所のようにも感じます。
自然が導いた”水と土で醸す酒”、体験する価値ありです!
【笹一酒造のお酒は、こちらから購入できます】
https://www.sasaichi.com/
ワイン・チーズライター 磯部 美由紀
日本ワイン.jp チーフエディター
J.S.A認定 ワインエキスパート
C.P.A認定 チーズプロフェッショナル
ワイン記事監修実績:
Picky’s こだわり楽しむ、もの選び〔ピッキーズ〕
すてきテラス