数年前に筆者が初めてお会いしたのは、エデュケーターとしての沼田実氏の講座に参加した数年前。

それまで”系統的に学ぶ”ということに主軸を置いてきたが、彼の話(講座)を聞き、日本ワインの世界が一気に多角的に見えてきたことが何より新鮮であった。
また、それらのトークには多分にユーモアが散りばめられ、くすりとしたり納得したり、考えさせられたり、とにかく夢中になったものだ。

そんな沼田氏が満を辞して、2024年に開業したキリノカ ヴィンヤーズ&ワイナリー
「唯一無二の国産ピノ・ノワールをつくる」プロジェクトとして募ったクラウドファンディングは、当初目標の4倍を超える800万円以上の支援が集まった。
彼のピノ・ノワールに多くの期待が寄せられていることがわかります。

今回もキャプランワインアカデミーにて開催された充実の講座を通し取材したワイナリーの内容やテイスティングした”期待のピノ・ノワール”についてお伝えします。

キリノカヴィンヤーズ&ワイナリー代表 沼田実氏について

ワイン輸入会社での勤務、醸造家としての海外実習およびソムリエなどの経験をもつ。
特にコンテストの審査員として培われた論理的テイスティングには定評がある。

WSET認定 Level4 Diploma/日本ワインマスター(日本ワイン検定1級)/NZ国立リンカーン大学ブドウ栽培・ワイン醸造学科 Graduate Diploma/米国ワイン教育者協会CWE/JSA認定 ソムリエ/ブルゴーニュ委員会認定ワイン講師/江戸ソバリエ/2008年ジャパンワインチャレンジ最優秀日本人審査員

キリノカってどんなところ?!

畑はおよそ3.5ha。
2020年に耕作放棄地を開墾しはじめた南斜面を向くメインの畑には、主にピノ・ノワールとシャルドネが栽培されている。
標高850mの小野駅。そこから左右に盆地になっているキリノカは、830-870m。塩尻(700m)より100-159mほど高い。

「早朝、霧が立つブドウ畑は夏のサンフランシスコのよう。陽が昇り時間がたつと霧も上昇していく。その様をお香から立ち上る煙にも見立てて”霧の香”とも表現しています。」と話す。

この小野駅というのは、長野県塩尻市のとなり辰野町小野。
ワイナリーは塩尻から車で15〜20分程度、中央線辰野支線だと小野駅が最寄り。そこから歩いて5分のところに位置します。
試飲は絶対というワイン愛好家にとって、電車でいけるワイナリーというのは魅力です。
ヴィンヤードまでは徒歩15分。

付近には平安時代から交通の要所として知られており、千年以上の歴史をもつ小野神社があります。諏訪大社に次ぐ二宮です。
そして、ヴィンヤードの中には小さな森があって社がある。畑に鳥居があるのは珍しい風景ですね。

盆地であるため、朝晩の寒暖差が大きい場所。冷涼であり降雨量が少ないのが特徴。
近くには諏訪湖があるが、この辺りは偏西風という西風が吹いており湖の湿度は東側に向くため、影響は受けない。
西には中央アルプスがあり、湿った西風(空気)が落とされるため乾燥している。
これらの環境下にある南斜面の畑に対して、垂直に畝を作っていることで、高い日照量と水捌けの良さを実現している。

灰色カビ病や秋の実が破れることのリスクが高いピノ・ノワール栽培において、水捌けのよさは最も重要なことであり、土の状態だけでなく水が流れる方向も考慮したということだ。

またこの地は分水嶺となる太平洋と日本海との間に位置し、本来は北風と南風両方の影響を受ける。
秋の収穫時期に太平洋側に台風が入ると北風が吹き房が落ちることが心配されるが、霧訪山が被害を小さくしてくれる働きをしてくれている。

キリノカの地質・土壌

地形としては山から流れてきた比較的新しい年代に堆積された扇状地。
海から遠いにも関わらずこの近辺は海洋性の土壌。
特徴としては酸性度合いが低く、弱酸性から弱アルカリ性。その上に火山灰が積もっているので地質とイコールではないけれど、この基盤となる土壌がどういうものかということはとても重要。

”アルカリ性土壌で栽培されたブドウだとワインの酸度が高くなる”これは幾度となく彼の講義で学んでいることです。

具体的に何がメリットなのかといえば、phが低いとSO2の量を減らすことができる、そのため微生物が安定しやすい。
また、酸度が高ければ、熟成のポテンシャルも高くなる。
さらには、コールドマセラシオン時にも、phが3.5以下の方がアントシアニンが抽出しやすいメリットもあるそうです。

必ずしも酸度が高いのが”良い”ということではないが、化学的な考えに基づいて選択した地である、ということだ。

さまざまな栽培の取り組み

主に5種類のクローンを栽培

キリノカのピノ・ノワールは、彼がこの地に、目指すワインに適したクローンを厳選し栽培されています。
主体はワインにした時にタンニンがそこそこあって親しみやすいという特徴を持つ777。
その他、MV6、115、Aibel、UCD5(Pommard)など。それぞれの味わいの特徴をよく知る彼が、ワインにする時にブレンドしていきます。

向日葵栽培

実はこれ、見た目の美しさだけでなく、向日葵にはしっかりと役割があって植えられています。
植物の生長にかかせない栄養素であるリン酸。
日本の土壌は火山性のためアルミニウムが多いのですが、アルミニウムは土の中のリンと結合してしまう性質を持ちます。
結合してしまうと、せっかくのリン酸が植物に吸収されにくくなってしまいます。

そこで、リン酸を土壌に還元する働きがある向日葵を植えているのです。

カリフォルニアのナパやブルゴーニュの葡萄畑にマスタードが植えられている景色をご覧になったことはありますか。
菜の花やマスタードも同様の働きがある植物です。
ディジョンなどはマスタードの有名な産地のひとつにもなっていますね。

馬耕

春の2日間くらいは馬で畑を耕します。
冬の間に堆肥を入れて微生物を増加させますが、そうすると自ずと炭酸ガスも増える。しかし土の中には酸素を入れたい。
トラクターでは難しいほどよい重さで馬を歩かせることで土壌を柔らかくします。

チャレンジングな比較テイスティングにてキリノカ ピノ・ノワールを味わう!

さて、上述の環境で生まれたキリノカのピノ・ノワール、いよいよテイスティングです。

キリノカ ピノ・ノワール 零
キリノカ ピノ・ノワール 壱
これらは造りはほとんど同じであり、違いは樽の大きさ。零が300L、壱が228L、どちらも新樽100%。

その他4種は下記アイテム。トータル6種のピノ・ノワールを比較。
・Aloxe-Corton 1er Cru Les Vercots
・Gevrey-Chambertin 1er Cru Estoumelles Saomt Jacques
・Estate Pinot Noir(Oregon North Willamette Valley Dundee Hills )
・Pinot Noir Cornish Point(South Island Central Otago Bannockburn)

ブラインドで提供されたが、すぐに2つのワインが日本ワインであることがわかる。
それは、言われがちな「薄い」「軽い」「滋味」「うまみ」などを取り上げての”日本ワインらしさ”という理由ではない。

零は、枯れ葉やドライフラワー、赤い果実、チョコレートやカカオ、スパイスの香り。果実味もしっかりと感じ、複雑さやアルコール度数からであろう重さもあり。一方で酸も凛としている。
壱は、最初はすべてのワインの中で香りはもっとも控えめだったが、時間の経過とともに木苺やブルーベリーの甘やかさを感じるアロマがたつ。果実味はほどよく全体的にとても上品な印象。そして酸はとても活き活きとしている。

造りは樽の大きさの違いというが、この二つのアイテムのキャラクターは全く違うもの。
これからお求めになる方は、「どっちもほとんど一緒でしょ」とは思わず慎重に選ぶことをおすすめしたい。
ちなみに、2023のキリノカは暑すぎたが、Brix24 さらにphが3.3という素晴らしいブドウであったとのこと。

いずれにせよ、3年目のピノ・ノワールでこのクオリティが実現されている。
さらに、これからこのブドウが樹齢を重ねていき、造りにおいても新樽比率が調整できたり試行錯誤の機会が増えていくことなどを考えると、ピノ・ノワール好きは目が離せない存在ではないだろうか。

さいごに

フランスやオレゴン、NZと並ぶ中、瞬時にキリノカであることがわかった理由はなぜかを考える。

繰り返すが、よく言われがちな「薄い」「軽い」「滋味」「うまみ」などを取り上げての”日本ワインらしさ”という理由ではない。もちろん「ボリュームが劣った」ということでもない。

筆者が日本ワインを飲み慣れていることはあるにせよ、全てのアイテムの中でもっとも「嫌味に感じるところがなく」「上品」であり「繊細」そして「私が好むバランス」「私が期待した感じ」であった。

このような場で表現するにあたり、「私が」などとは、本来どうでもよいことでありましょうが、これまで聞いてきたキリノカの説明や、目指すもの、お伺いしてきた想い、それらを通し知る彼の人柄、などから筆者がイメージし期待した「彼が表現するもの」と一致したということかもしれません。

現時点での”キリノカらしさ”
今後もワインそのものは変化していく可能性はあります。
それが、その土地、ブドウのポテンシャル、造り手の哲学などの”表現”であるならば、やはりまずは「世界に通用する唯一無二のピノ・ノワール」に人生をかけた彼のワインを一度味わってみるべきであろう。

【キリノカヴィンヤーズ&ワイナリー公式】

https://kirinoka.com/