ワインに含まれている成分と聞いて、ポリフェノールをイメージされる方も多いかもしれません。
ポリフェノールは苦味や色素に関連する成分で、とくに赤ワインの渋みに関与していることで有名です。
先日、芝浦工業大学システム理工学部の越阪部奈緒美教授(食品栄養学研究室)らの研究グループが、ポリフェノールの一種でありワインにも含まれる、「フラバノール(フラバン-3-オール)」の渋みが即座に記憶や覚醒に関わる神経系を活性化することを明らかにし、さらに脳作用メカニズムを解明したとのこと。
そこで今回、越阪部奈緒美教授(以下、越阪部教授)に上記の研究内容、またポリフェノールが私たちの体にどのような作用をもたらすのかについてお聞きしてきました。
ぜひ、参考にしてみてください。
フラバノールの脳への影響

フラバノールは、ポリフェノールのフラボノイド系化合物の一種で、渋み(収れん性)を持つ代表的なポリフェノール化合物でワインにも含まれている成分です。
越阪部教授「以前より、フラバノールには何らかの作用があると考えられていました。その中でもたしかな情報として、2022年にハーバード大学の公衆衛生の研究室が発表した渋みフラバノールの大規模介入試験が有名です。約20,000人を対象に、フラバノールのカプセルを3年6ヶ月摂取させた研究で、心血管系の疾患死が40%抑制されたと示唆されました。」
また、2023年に発表された4,000人を対象にした認知機能検査もフラバノールの脳への影響におけるたしかな情報として知られているとのことです。
越阪部教授「この研究は、健康に気をつかう人と一般的な人、健康に気をつかわない人という3層の人たちを対象に行われているところが特徴的です。これらの人にフラバノールを摂取させた際、健康に気をつかわない人の海馬依存性認知機能を向上させることがわかりました。海馬における神経新生ができなくなることは、認知症に関連します。この研究によってフラバノールの介入があることで、認知症が予防できるのではないかといった結果が出たかたちです。」
2013年にEUの欧州食品安全機関(EFSA)によってフラバノールを摂取することにより血流が上がるといったことも知られています。
ポリフェノールは健康によいと言われていますが、フラバノールにこのような作用が期待できるということはワイン好きにとっては心強い情報ではないでしょうか。
ポリフェノールが作用する仕組みの謎

フラバノールなど、ポリフェノールが私たちの体にとって何らかの良い作用をもたらすということは知られています。
しかし、越阪部教授によると、長年その仕組みが解明されていなかったとのことです。
越阪部教授「8,000種類以上存在するポリフェノールですが、じつは私たちの体には吸収されません。その理由として、ポリフェノールは複数の水酸基が結合している化合物なので、活性酸素を出します。活性酸素は有害作用をもたらすため、体が危ないと感じて取りこまないのです。しかし、ポリフェノールは私たちの体に良い効果がある。この仕組みが、長い間解明されませんでした。」
長い歴史の中で、わたしたち人間はポリフェノールを体に吸収しないという選択をしてきたことから、排泄される間に何かしているのではないかといった説もあったようです。
越阪部教授「ポリフェノールは体内に吸収されないのであれば、腸内細菌が関連しているのではないかといった考え方もありました。しかし、腸内細菌は一人ひとり全く違うこと、さらに外からとってきた乳酸菌などは定着しない特徴があります。仮に腸内細菌が関係しているのであれば、先にお伝えした渋味フラバノールの大規模介入試験のように、40%もの人が心血管系の疾患死を抑制できたということを論じることには疑問を感じざるを得ませんよね。」
味に着目

ポリフェノールは体内に吸収されないのにもかかわらず、何らかの良い作用をもたらすのはなぜか。
越阪部教授は、着目したのは味でした。
越阪部教授「強い渋味をもつフラバノールは、血流を上げるとお伝えしましたが、その作用は動物で見ると顕著です。水を投与したマウスとフラバノールを投与したマウスでは、後者の血流が上がることがわかりました。さらに、わずか5分後に結果が出たということもあり、“これは神経が関連しているしか思えない”と感じたんです。」
ポリフェノール自体は8,000種類以上あり、それぞれに苦い、渋い、酸っぱい、甘いなど味に違いがあるといいます。
口内にはもちろん、消化管にもこれらさまざまな味をキャッチする受容体が存在しており、さらに脳へシグナルを伝達する経路があることがわかっていたため、ポリフェノールのもたらす作用は、体内への吸収などではなく、「味」ではないかと考えたとのことです。
また、その中で訓練されたパネリストにポリフェノールを味わってもらうと、従来知られていた渋味や苦味だけでなく、酸味や甘味を感じる物質があることがわかり、特に渋味や苦味を示す物質に有効な生理作用があることがわかるなど、味が関連しているのではないかと予測したといいます。
越阪部教授「渋味や苦味の成分が何かをしているかもしれない。私たちは、膨大なポリフェノールそれぞれが苦味受容体と結合しやすいのか求めるモデル式を作成し、その結果を導き出したのですが、そこまでは机上の空論。その後、動物を利用した実験において苦味のあるポリフェノールは血糖を下げるといった効果があるものの、苦味受容体をノックアウトしたものはその作用がなくなるという結果を導き出せたことにより、計算で求めた苦味受容体とのポリフェノールとの親和性を証明しました。」
フラバノールの渋みの効果を確認

越阪部教授は、ポリフェノールの一種であるフラバノールの「渋み」の感覚刺激が、口腔や腸の神経を介して脳に信号を送る可能性に着目。
越阪部教授「ちなみに、ポリフェノールによって血流が良くなるということは、交感神経が活性化すると考えられます。交感神経はストレスに関連しますが、サウナや適度な運動などによる適度なストレスは良いストレスですよね。また、記憶力が高まり注意力も高まるわけで、先の研究における海馬認知機能の向上にもつながります。渋みによって脳内に何らかの変化が起こっているのであれば、それを確かめたい。そこで、マウスにフラバノールを投与する実験を行いました。」
フラバノールを投与したマウスはノルアドレナリンやドーパミンなどの神経伝達物質が増加したとのことですが、一方で水を投与したマウスには何も起こらなかったことで、フラバノールの渋みに何らかの効果があることが分かったとのことです。
越阪部教授「今回、キーになるのは脳の青斑核が即座に活性化したというところです。青斑核は記憶などの調整にも関与しますが、マウスがどういった行動に出るかに着目、つまり認知機能に注目しました。」
フラバノールを投与したマウス、水だけを投与したマウスを比較したところで、前者のマウスは新しいものに強い興味を示し探索したことから、短期記憶が向上していることを確認。
さらに、フラバノールを複数回投与した後、海馬歯状回の神経細胞が増えていることもわかり、これが先の研究の海馬依存性認知機能を向上させたことにつながっている可能性も示唆されました。
そのほかには、白色脂肪細胞がつきにくくなるといわれる褐色脂肪細胞への変化したこと、筋肉の肥大化なども見られるなど、フラバノールの渋みが口腔や腸の神経を介することで記憶力や覚醒状態の向上、ストレス応答の活性化が確認されたとのことです。
フラバノールの機能に注目しながらワインを楽しもう

今回お話しをお聞きした越阪部奈緒美教授は、株式会社明治の『チョコレート効果 カカオ72%』の開発を主導された方で、ポリフェノール研究でたいへん著名な先生。
また、「渋い」などの感覚刺激が脳のさまざまな部位で作用を発揮するメカニズムを解き明かす新しい学術領域「感覚栄養学」の先駆者でもあります。
今回、フラバノールの渋みが感覚刺激として神経を介し、記憶や覚醒に関わる脳内ネットワークを即座に活性化することを実証したこと、さらに「味」や「感覚」が脳や自律神経に影響を与える可能性があることなど、ワイン好きにとっても興味深い研究内容をお聞きすることができました。
「ワインはアルコール飲料であり、一人で飲むというよりは皆で美味しい食事と一緒に楽しむお酒だと思っています。文化的な側面もあり、ポリフェノールが含まれており体にもよい。これは、長い時代を経て人間に養われてきた大切な存在だと考えています。私も赤ワインは大好きですし、ワインのポリフェノールも意識しながら楽しんでください。」と、越阪部教授。
今後は「感覚栄養学」の分野を広げていきたいとも考えられているそうなので、ぜひワインファンも越阪部教授の研究に注目してみてはいかがでしょうか。
※2026年10月13日(火)から10月17日(土)、パシフィコ横浜・ノースを会場に、「ICPH & ICoFF2026」(第12回 ポリフェノールと健康国際会議・第9回 国際フードファクター会議)が開催。
越阪部教授も携わる大規模イベントですので、興味がある方はURLをチェックしてみてください。
https://smartconf.jp/content/icph-icoff2026/
参考
■論文情報
論文タイトル:Astringent flavanol fires the locus-noradrenergic system, regulating neurobehavior and autonomic nerves
著者(本学関係者を抜粋):藤井靖之(芝浦工業大学 SIT総合研究所 特任研究員)、篠田佳亮(芝浦工業大学大学院博士課程 機能制御システム専攻2025年修了)、大和悠希(芝浦工業大学大学院修士課程 システム理工学専攻2025年修了)、坂田和生(同2025年修了)、牟田織江(同2025年修了)、長田裕太(芝浦工業大学大学院博士課程 機能制御システム専攻2025年修了)、小野杏史佑(芝浦工業大学大学院博士課程 機能制御システム専攻2025年修了)、安住瑞妃(芝浦工業大学大学院 システム理工学専攻1年)、越阪部奈緒美(芝浦工業大学システム理工学部 教授)
掲載誌:Current Research in Food Science(Volume 11, 2025, 101195)
