メルシャン株式会社4月20日にが発表した「日本ワイン応援事業」。その初の実践例となるのが、北海道美瑛で進む新たな取り組みです。

放牧酪農とチーズづくりで知られる美瑛ファームと、メルシャンによるヴィンヤード開発です。
株式会社美瑛ファーム代表取締役 西川隆博氏と日本ワイン応援事業の田村隆幸氏によるトークセッション形式で、プロジェクト内容が語られました。

(左より)メルシャン株式会社田村隆幸氏・株式会社美瑛ファーム西川隆博氏

VIRONのバゲット、美瑛放牧酪農場のチーズ、最良の素材から最良のものをつくるこだわり

美瑛ファームを率いる西川隆博氏は、渋谷や丸の内で高級ブーランジェリー「VIRON」を展開する経営者でもあります。
VIRONといえば、フランス産小麦「レトロドール」を100%用い、水の硬度にもこだわった高品質のバゲットが有名ですが、「最良の素材から最良のものをつくる」というのが西川氏のこだわりです。

チーズにおいても同様で、雪深い北海道の地で放牧酪農をし、そのミルクで本格的なチーズを作っています。
有名なフランス産のハードチーズ”コンテ”はご存知の方も多いかもしれませんね。このチーズは、本場フランスのフランシュ・コンテ地方でモンベリアード牛のミルクからつくられるAOPのチーズです。
美瑛放牧酪農場では、日本で初めて純血のモンベリアード牛を飼育し、そのミルクで長期熟成チーズをつくっています。なかには、夏ミルクで55カ月熟成したものも!本場のコンテでも、なかなか出会うことは難しいのではないでしょうか。

美瑛で育まれた最高の素材を用い、フランスで修行をしてきた職人がつくったそのチーズは、コンテストにおいて最高賞を受賞するなど、高く評価されています。

そして西川氏が次に見据えたのが、ワインです。

「パン、チーズと来れば、ワインは必然でしょう。生憎私自身は酒をほとんど飲めません。」それでもなお、一流の味を知り、それらが生まれる土地のこと、ブドウのことなどを調べ、ここ美瑛ならでは構想を描いたのです。

“ゼロからのヴィンヤード”に必要だったもの

しかし、実際に踏み出すにあたり直面したのは、経験やノウハウの壁です。

馬耕はやりたい。ブルゴーニュのような密植にしたい。自社のチーズに合わせてサバニャンを植えてヴァンジョーヌもつくりたい。それをこの土地で味わえるようオーベルジュもつくりたいーーーー構想はどんどん具体的になります。しかし、いざ実行に移そうという段階で、どこにどのように植えるべきか。土づくりはどうするのか、苗木の確保にあたってはどのような流通があるのか、「直前になって、これは誰かに見てもらわないと難しいと気づいた」とのこと。

そうして辿り着いたのが、メルシャンのコンサルティングです。
メルシャンにとっても、これまでの支援はブドウができている状態で相談を持ちかけられるケースがほとんどで、かねてよりコンサルタントの藤野氏は「ブドウを植える前に相談してほしい。それが結局は効率の良さに繋がるのです。」と発信してきました。
今回はそのとおり、畑の設計、苗木選定、資材調達といった、最も初期の段階からコンサルティングチームが関与するプロジェクトとなります。

日本ワイン応援事業のメンバー(左より)大滝敦史氏・山口明彦氏・藤野勝久氏・田村隆幸氏

“壮大な実験”としてのヴィンヤード

西川氏が目指したのは、ブルゴーニュのような高密植・馬耕栽培。比較的土地に余裕のある北海道では、あまりとられていない手法です。

これに対し、メルシャン側も当初は慎重だったそうです。
そもそもワイン造りはそう簡単なものではない。そのため、この事案に限らずいくつもの相談を受ける際には、その難しさなどを説明し、相談者の覚悟を問うことも多いそうです。

そうした説明や複数回の現地調査を重ねる中で、田村氏自身もこのプロジェクトをとおして、北海道の現状の課題解決が見つかるかもしれない。たとえば、「寒冷地ならではの根頭がん腫病の問題だったり、北海道の多くの畑では、樹は大きく育つ一方で収量が伸び悩む傾向がある。であれば、樹を小さくし、密植することで効率と品質の両立が可能ではないか。」など。そうしたことで、今回のサポートを決意されたそうです。

いよいよ5月には苗の植え付けが始まります。
美瑛ファームのもつ丘陵に第一期として5haの畑をつくる予定ですが、まずは地形を理解し、畑の向きや将来醸造所を建てることも見据えどのような設計とすべきかを決めるため、ドローンで測量をしたそうです。

「これにもかなりコストはかかったけれど、将来的に、ここで取れる小麦を使ったパンやレストラン、オーベルジュなどを展開していくことを見据えると、この段階で必要なことだと思っています。」

これら初期投資でおよそ5,500万円規模。補助金なども利用し、この土地の豊かさを総合的に伝える「美瑛ならではの最良のものを生み出す」チャレンジをしていきます。
「これは壮大な実験だと思っている」西川氏自身もそう語るように、成功すれば他地域にも波及しうる、知見創出のきっかけとしても期待できるものでしょう。

“つくる”に加えて“つなぐ”役割も

これまでの技術指導にとどまらず、今回は、苗木の選定・調達、地元資材の紹介、設備や資材の最適化、といったサプライチェーン全体への関与が行われています。まさしく今回発表された「日本ワイン応援事業」が掲げる“ハブ機能”の具体例です。

西川氏が「何をどこから買えばいいのか分からない。そこを一緒に決めてもらえたのは大きい」とコメントされましたが、こうしたワイナリーとサプライヤー、さらにはワイナリー同士をつなぐことで、個々では解決できなかった課題を解消していくことは、産業全体の発展に繋がる重要な役割でしょう。

持続可能な日本ワイン産業の未来に向けて

これまでの日本ワインは、個々のワイナリーの努力によって支えられてきました。
一方で、「【前編】メルシャン、日本ワイン応援事業を本格展開!〜産業として支え合う仕組みへの期待〜」でお伝えのとおり、現在は、経営や後継者問題といった課題を抱えるワイナリーも少なくありません。

そうした中で、今回のメルシャンの新事業に見られるような、技術や知見を共有し、横につながる動きは、日本ワイン産業の次の段階に求められるものでしょう。
個の積み重ねから、産地としての成熟へ。いま、日本ワインはその転換点にあるのかもしれません。