ワインが好きになればなるほど、「香り」への好奇心が芽生えてくるはずです。

もちろん、ワインに限らずほかのお酒も香りが重要視されていますが(泡盛にもフレーバーホイールがあるほど)、世界中の人たちが香りについて本気で議論するようなお酒はワインしかないのではないでしょうか。

さて、このコラムにたどり着いたということはあなたも、「ワインの香り」に魅せられた人物のひとりのはず。

ここでは、ワインの香りを楽しむために知っておきたい二つの嗅覚経路「オルソネーザル&レトロネーザル」の豆知識をお伝えしていきましょう。

二つの経路嗅覚

ワインの香りと聞けば誰もが、“鼻から嗅ぐワインの香り”とイメージするかもしれません。

しかし、私たち人間は鼻(鼻腔)から感じ取れる香りだけでなく、ワインを飲んだ後にのどごしから鼻に抜けていく香りも楽しんでいるといわれています。

つまり、私たちの嗅覚には、「二つの経路」が存在していることになるのです。

まず、鼻先から入ってくるにおいを感じる前者の経路は「オルソネーザル(たち香)」と呼ばれ、食物などを口に入れた後に鼻に抜けていくにおいを感じる後者の経路は「レトロネーザル(あと香)」と呼ばれています。

この嗅覚に二つの経路があるのは動物の中でも人間だけといわれており、一説によると食物を口に入れて安全か確認した後に、好ましい風味か確認するために進化したものではないか…考えられているようです。

美味しいものへの飽くなき探求のための進化。

レトロネーザルという経路が存在する以上、私たち人間がワインを愛してしまうのは必然だったのかもしれません…。

ワインにとってレトロネーザルは重要?

さて、“嗅覚には二つの経路がある”というと、こんな意見が出てくるかもしれません。

「パイナップルの香りがあるワインだったら、鼻で嗅いだ時にそれを感じて、後味でさらにその香りを感じるってことだな」と。

たしかに間違ってはいないのですが、私たち人間の感覚はそんなシンプルなものではありません。

レトロネーザルはワインが持つさまざまな要素をふくらませたりよりワインを美味しく感じさせるなど、複雑な役割を持っている経路なのです。

香りの変化

 

まずワインには数多くのにおい分子が存在しており、これらは温度が上がると空気中に飛散していきます。

ワインを口の中に入れてみましょう。

口中に入ったことでワインの温度は高まるため、結果的にワインにふくまれるより多くのにおい分子が気化していくと考えることができます。

オルソネーザルの時に感じた香りだけではない、別の香り成分もレトロネーザル経路でキャッチできるかもしれないということです。

つぎに、唾液中の酵素との反応を見ていきましょう。

嗅覚研究の権威である東原和成氏によると、唾液中の酵素とソーヴィニヨン・ブランが反応することにより、新たな香りができあがることがあると示唆されています。

これはほかのワインでも起こっている可能性がありますし、さらに研究をすすめていったら面白い分野かもしれません。

さらに、興味深いのが湿度がワインに与える影響です。

口中は湿度が100%であるため、オルソネーザルで感じ取れなかった多くのにおい成分がレトロネーザルでは感じ取れるようになっているといわれています。

今回のネタにはあまり関係ないかもしれませんが、要するに湿度がワインの香りに影響を与えるということは、飲む国や土地によって香りの感じ方に変化があるということ。

砂漠と湿地帯ではキャッチできるワインの香りの量が違う可能性があるというのは、おもしろいトピックではないでしょうか。

香りの合成性

レトロネーザルが私たち人間にとって(美食における)重要な役割を果たしている理由のひとつに、香りの合成性があります。

少し小難しい話になりそうなので、できるだけ噛み砕いてお伝えしていきましょう。

まず、嗅覚のシステムを簡単にお伝えします。

鼻腔内に、におい分子が入る

嗅上皮に到達

嗅繊毛上にある嗅覚受容体に結合

電位発生

嗅球へ伝えられる

高次の脳領域へと情報が伝えられる

ただ香りを嗅ぐだけなのに異様に複雑(詳しくたどればパニック必至)ですが、一説によると嗅覚は生き物にとって重要視されているためこのような複雑な経路になっているとも考えられているようです。

さて、ここで着目してほしいのが最後の「高次の脳領域へと情報が伝えられる」という部分。

香りの強弱や種類の認識、好きか嫌いかなど、結局脳の各部位が判断しているというところがポイントなのです。

※(酢飯を知らない人が酢飯を嗅いだ時、酸っぱそうとか好き嫌いは判断できても酢飯のにおいと判断できない上に、酢飯を食べたことがないので良い思い出なども嫌な思い出も一切思い浮かばないというようなこと)

数多くの知覚が連動

まず、オルソネーザルの場合は鼻から生じる単独の感覚です。

香りをキャッチするだけなので、香りの認識においては前述した経路をたどります。(香りに特化した単独の知覚ということ)

一方のレトロネーザルは、味覚や感覚、触覚も加わることから単独ではなく、「複数の感覚」が連動して新たな風味が形成されます。

舌の上で感じられる五味、触覚(渋みなど)、温度による違い、後から立ちが合ってくる香りなどがあるため脳や身体のさまざまな部位が各々に反応…。

嗅覚だけでなく知覚が統合された、複雑かつ合成された知覚表象となるわけです。

ただし、これはワイン単体をベースにした話。

フードペアリングとして考えたらどうなるでしょうか。

ワインと食物が組み合わさった風味の知覚、食物の食感、五味、のどごしから後に鼻に抜ける香り…。

もう考えるのも嫌になるぐらい、複雑な現象です。

しかし、こんな楽しみ方ができるのはレトロネーザルがあってこそですし、人間だからこそ。

本当に興味深い話ですよね。

体験してみよう

理屈の上でレトロネーザルのすごさをお伝えしてきましたが、レトロネーザルの役割を簡単に体験できる方法があります。

それが、「鼻をつまんでワインを飲む(食べ物を食べる)」という方法です。

ワインがあればいいですが、なければ何か香りの強い食品でも用意してみてください。

鼻つまみテスト

鼻をつまみ、息を止めてワインを口に入れる

呼気(吐き出す息)が鼻に抜けないように注意する

ワインを飲む

数秒そのまま息を止めておく

鼻をつまんでいる指を離す

これだけです。

おそらく、ふわっといろいろな風味が鼻中を駆け抜けていったはずです。

冷たい、温かい、渋い、やわらかないなど、そういった部分はわかったかもしれませんが、風味についてはイマイチわからなかったはずです。

あらためてになりますが、レトロネーザルという経路があるからこそ、ワインや食事を美味しいと思い、“またあの恍惚感を味わいたい”という思いにもかられる(美味しいという記憶が蓄積される)というわけなのです。

ワインからの面白さは多種多様

ワインがおもしろいのは、ブドウや醸造、造り手、テロワール、銘柄、産地、熟成期間などだけでなく、“人間の身体の器官”にも関係してくるところです。

もちろん歴史や精神、恋愛、ビジネスの分野にも関連しますし、もはや人生全てに関与してくるといっても過言ではありません。

今回は、二つの嗅覚である二つの嗅覚経路「オルソネーザル&レトロネーザル」についてお伝えしましたが、まだまだ嗅覚とワインは奥深い関係で繋がっています。

ぜひ、これを機会に興味を持たれた方は嗅覚についても探求してみてはいかがでしょうか?

参考

嗅覚と化学:匂いという感性

美味しさの脳科学:においが味わいを決めている /ゴードン・M・シェファード