生産者の中には、“原料となるブドウが持っているポテンシャル以上のワインは造れない”と語る方が多くいます。

良いワインは良いブドウから…というフレーズをよく耳にしますが、それだけブドウの出来映えはワイン造りの重要なファクターとなっているようです。

しかし、“ワイン造りにとって良いブドウ”といわれても、どういったブドウが良いのか悪いのピンと来ない方もいるでしょう。

ここでは、奥田徹氏の「ワイン製造のための原料ブドウの品質」を参考に、ワイン用ブドウの品質における大切なポイントについて考えていきます。

ワイン用ブドウの品質で注目すべきポイント4つ

ワイン用ブドウは収穫期に適度に熟していれば良い、というものではありません。

日本では昔、くずブドウがワイン醸造に回されていたといわれていますが、現代の日本ワインでは原料ブドウの品質にこだわることが基本とされています。

ワイン用ブドウの品質で注目すべきポイントが、こちらの4つです。

  • 糖度
  • 酸度
  • 窒素
  • 香りの前駆体

もちろん気にすべき部分はさらに多くありますが生産者がとくにブドウの品質で気にする部分なので、それぞれ簡単に解説していきましょう。

糖度

ブドウに含まれる糖は発酵によりアルコールに変換されます。

そのため原料となるブドウの糖度は、ワイン造りにおいてかなり重要なポイントです。

ワインのアルコール濃度は10から13%(v/v)が一般的ですが、この濃度にするためには原料ブドウの糖度は20から23 ªBrix(ブリックス)ほど必要になるといわれています。

Brixとは、糖の含有量を測るために糖度として用いられる物理量のことで、水にとけている糖の濃度によって屈折率が変化するといった性質を利用したもの。

果物の甘さをあらわす指標としてよく利用されていますが、少し複雑なので詳しく知りたい方はこちらで確認してみるとよいでしょう。

国際糖度とBrix(ブリックス)の関係 – HORIBA

ブドウにふくまれている糖度が不足した場合、できあがるワインのアルコール度数が下がり微生物汚染などのリスクが高まります。

しかし糖度が高過ぎる場合、できあがるワインのアルコール度数が以上に高くなるためワインの風味のバランスが崩れる懸念が。(乾燥地帯などのワイン産地で問題になっている)

そのため生産者はどの程度の糖度で収穫するかが、良質なワインを造る上で重要になってきます。

ちなみに日本ワインの多くは栽培環境の影響から原料ブドウの糖度があまり上がらない傾向にあり、補糖に頼らざるを得ないという現状があるといわれています。

ただ、一部生産者の中には栽培環境を整えてブドウの糖度を上げることに成功しているところや、無理にアルコール度数を上げるのではなくピュアなワイン造りをあえておこなう場所など、糖度に対する哲学はさまざまです。

ワインを手に取った時、アルコール度数から原料ブドウの糖度についても想像してみると面白いのではないでしょうか。

酸度

ワインは酸味の高さが特徴的な酒類です。

ワインに含まれる約90%は有機酸の酒石酸とリンゴ酸で、その含有量によって風味などの違いはもちろん、微生物汚染への耐性の強さなどに変化が出てくると考えられています。

近年、ナチュラルなワインやエレガントな味わいのワインが世界的なトレンドであるため、意識の高い生産者は原料ブドウの酸度に大変敏感になっているようです。

ブドウはその性質上、糖度と酸度(酒石酸やリンゴ酸)が成熟に伴ってゆるやかに上昇していきますが、とある時期を境に糖度が急上昇しリンゴ酸が急激に低下。

糖度を重視して原料ブドウにふくまれる有機酸が少なくなれば微生物汚染のリスクが高まり、逆に早期の収穫だと糖度が上がっておらず強烈に酸味の強いワインになってしまう恐れが…。

生産者は糖度と酸度のバランスをしっかりと考慮した時期にブドウの収穫をしなければならないところが悩ましい部分とされています。

ちなみに酒石酸換算で0.6∼0.8% 程度の有機酸濃度が理想とされているようですが、やはりそれを満たすブドウを栽培するのは簡単ではない、というのが実情です。

全てではありませんが、日本ワインの中にはバランスを取るために補糖・補酸がおこなわれているものも少なくありません。

ただし、生産者の多くが苦慮しながらブドウの収穫期を決めています。

補糖・補酸は悪いわけではなく、健全なワインを造る上でのひとつの手法と考えておくとよいでしょう。

窒素

ワインにおけるアルコール発酵において、酵母は大切な存在です。

その酵母が増殖するためには,タンパク質製造などに必要な窒素やリン酸,ビタミン類やミネラル、長鎖の脂肪酸やステロールなどが必要となるといわれています。

その中でもとくにワイン造りにおいて重要なのが、窒素です。

ワインの原料となるブドウは窒素が不足していることが多いため、発酵を進めていると窒素源の枯渇によるスタック(発酵停止)がおこることがあります。

スタックを防ぐための添加物もあるものの、当然スタックなしで発酵を終了することが理想です。

近年、日本ワインでもブドウの品質向上が叫ばれているため、スタックを回避するために原料ブドウの「YAN(ヤン)濃度」が測定されています。

ブドウにふくまれ酵母が資化し窒素源となりうる化合物は主にアミノ酸類とアンモニアですが、これらの化合物にふくまれている窒素がYAN(Yeast Assimilable Nitrogen)。

原料ブドウのYAN濃度はスタックの回避やワインの香りなど、仕上がるワインの品質に大きく影響を与えるといわれています。

香りの前駆体

日本ワインでも近年注目されるようになったのが、ワインの香りに寄与する香りの前駆体の存在です。

ワインの香りに関連する化合物にアルコール類,テルペン類,フェノール類やノルイソプレノイド類などがありますが、ブドウにはこれらに糖などが結合する「香りの前駆体」が存在します。

これはブドウの果皮などに多く存在するようですが、ブドウの状態では香りはほとんどありません。

この「香りの前駆体」は、ワイン発酵中にブドウや酵母由来のグルコシダーゼによって糖が加水分解されることで香り化合物になります。

例えば、甲州のグレープフルーツ様の香りに寄与する3MH。

ブドウには「香りの前駆体」として存在しており、ワインになってからその香りが発生することで知られています。

この「香りの前駆体」が多いブドウであればあるほど香り豊かなワインとなりますが、収穫時期や時間によってその含有量が変化することが示唆されているようです。

つまりブドウの時点でどれだけ「香りの前駆体」を残すかというところも、一部生産者は考えながら収穫していることになります。

ブドウへのこだわりを知るのも面白い

生産者はそれぞれが目指すワインを造るために、それに見合った原料ブドウを利用しています。

ここで紹介したようにバランスの良いブドウを収穫するために努力している生産者もいれば、あえて酸度を高くしたり、収穫を遅らせて糖度やフェノール値のバランスを取る生産者などさまざまです。

そもそも細かいことは考えずに、ブドウを食べた感覚で収穫する生産者もいます。

今後、生産者と話をする機会があれば、「ブドウへのこだわり」を聞いてみるのも面白いでしょう。

ぜひ、ワインだけでなく、その原料になるブドウにも関心を持ってみてください。

 

参考

ワイン製造のための原料ブドウの品質 奥田 徹

国際糖度とBrix(ブリックス)の関係 – HORIBA

新しいスタイルの甲州ワイン『きいろ香』の開発