みなさま、こんにちは。
ワイン・食・人(わいんしょくにん)磯部 美由紀です。
いまや全国各地で造られ、栽培、醸造技術の向上が著しい日本ワインですが、そのペアリングのフードとして、日本のナチュラルチーズの存在も、昨今は世界的なコンクールで高い評価を得る作品も多くあり、日本ワイン同様に発展してきているように思います。
「各地のテロワールを楽しめる」という点も、ワインと似ていますね。
先日、広島県三次市三良坂にあるチーズ工房「三良坂フロマージュ」さんにお邪魔してきました。
国内外で行われる各種チーズコンクールなどで数々の受賞チーズを造っている工房ですから、ご存知の方も多いでしょう。
実は私、こちらのチーズやヨーグルトは毎年欠かさずお取り寄せしているほどに大好きです。
チーズに関しての勉強はしておりますし、日常的にワインと合わせてナチュラルチーズを楽しんでいる私としては、事前の知識はわりと持っている方だと自覚しての訪問でしたが、実際に現地に立ってみたところ、牛や山羊たちの過ごす環境や松原さんのこだわりにとても感動し、また、心から癒されました。
ぜひワイン好きチーズ好きのみなさまにもお伝えしていきたいと思います。
三良坂フロマージュ代表で山地酪農家・チーズ職人の松原正典さんからのビデオメッセージもぜひご覧ください。
山地酪農へのこだわり
三良坂フロマージュさんの最も大きな特徴のひとつが、山地酪農(やまちらくのう)で牛や山羊を育て、そのミルクでチーズを造っていること。
完全なフェルミエ(自家農場でのチーズ造り)ですね。
山地酪農とは、つまり山での自然放牧にて家畜を育てる酪農のことで、約120頭の牛や山羊達は牛舎につながれることなく、三良坂の広大でなだらかな山に暮らし、自由に草を食み、山を歩き、木陰で休み、のんびりと過ごしています。
そのせいか、彼らはとても穏やかな性格で近づいても逃げることもなく、逆に彼らが近づいてきても不思議と全く恐怖を感じませんでした。
そして、気付いたのは、匂いの違い。
牧場に行くと牛舎での彼らの排泄物や獣臭などが混ざったあの独特の臭いがしますよね。それがここの牛や山羊たちからは全く臭ってこないのです。
彼らは、そのまま山地の草原に排泄します。そして、その排泄物の分解は驚くほどに早く、臭いが充満することもないのだそう。
そうして彼らの排泄物が分解され大地の栄養になり、また新たな草が生えてエサとなり、牛や山羊たちが美味しいミルクを出す。
完全な循環型酪農ですね。
今でこそエコだとか、SDGsなど、地球環境や生態系に配慮した農業が注目されてきていますが、「もともと100年前の酪農なんて、みんなこのスタイルだったんですよね。」と松原さん。
考えてみれば、それは本来は「自然なこと」なのかもしれません。
松原さんが山地酪農を始めるまで
しかし大昔は自然なスタイルだったことでも、現状の日本の酪農では、全体のたった2%程度しか自然放牧は行われておりません。
日本の国土の約67%は森林地帯。
その1割だけでも放牧に利用できれば、牛や山羊たちが幸せに暮らし、その結果ストレスのない良質なミルクが1兆円規模で生産できる計算になるそうです。
とはいえ、日本で急に山地酪農を始めるのはそう簡単なことではありません。
山や牛を購入するには資金も必要ですし、その資金調達のためには実績も必要。
山地酪農を実現するために、松原さんはアメリカ、オーストラリアで酪農を学んだ後に、フランスに渡りチーズ造りの修業をされました。
帰国後に三良坂フロマージュをオープンし、山や牛を購入し飼育を始め、念願の山地酪農を開始されたそうです。
松原さんの牧場に入れていただくと、静かで、動物たちが安心して幸せそうに暮らしていることが感じられ、私自身もとても穏やかな気持ちになりました。
こちらの映像でも牛が自然にフレームインしてくるなど、人間を怖がることなく自由に暮らしているのがよくわかりますね。
ちなみに、撮影する私のまわりにも好奇心旺盛な牛が数頭集まり、しっかり見守られておりました。
完全グラスフェッドのミルク
こちらで飼育されているのは、ブラウンスイス牛とアルパイン種の山羊。
どちらも、ヨーロッパの山岳地帯に生息する乳用種です。
注目すべきは、彼らに濃厚飼料(穀物を主とした高たんぱくの飼料)を与えていないことです。
「濃厚飼料を与えて体に負担をかけ、お乳を一時的にたくさん搾っても家畜の寿命を縮めるだけだからです。草のみで育てると搾乳量は本当に少ないですが、彼らの体を大切にしながら長く幸せに過ごすことができるのです。」と話す松原さん。
動物たちへの愛情を感じますね。
たしかに、私たち人間だっていくら美味しくても毎日カルビや大トロは食べられません。
その貴重なグラスフェッドのミルクは、とても濃く良質です。
それらで造ったチーズやヨーグルトがとても美味しく優しい味わいなのも納得ですね。
【三良坂フロマージュ グラスフェッドバター】
https://mfromage.net/items/5ef95d7bdf62a92e6cba9215
チーズはもちろんですが、個人的に隠れた名品だと思っているのが、こちらのグラスフェッドバターです。
チーズとあわせて時々お取り寄せしていますが、口どけ良く、軽く、アフターまでミルクの旨味がしっかりと味わえる感動の一品で、初めていただいた時は、これまで食べてきたバターとの違いに驚きました。
よい環境で育った牛のミルクで造られたバターは、食べる側の人間にもストレスフリーなんだと感じます。
美味しいバターなので、お料理に使うのは勿体無く、私は専ら厚切りトーストに乗せてバターのお味をしっかり堪能しています。
四季を感じるチーズの味わい
これだけ自然豊かな中で育つ牛や山羊のミルク、季節によって違いはあるのでしょうか。
動画内でお話しくださっているとおり、春の新芽や若草、夏草、秋冬の枯れ葉など、自然に生えている草が全然違うものなので、それらを食べた牛や山羊たちのミルクの質もそれぞれ違いが出てきます。
そして、そのミルクで造られているチーズもやはり、四季により様々な味わいになるそうです。
大手メーカーの商品などは、いつ食べても味のブレがないように造られているのが一般的ですが、それとは逆で自然に沿った味の違いそのものを楽しめるという点も、このようなフェルミエのチーズの面白さではないでしょうか。
季節ごとに食べたくなりますね。
また、松原さんはイベントを楽しむチーズも造られています。
たとえば広島カープがリーグ優勝した年には、甘辛い唐辛子を使用した赤いチーズが販売されたり、クリスマスにはドイツのパティシエとのコラボで「ケーゼ・シュトレン」が楽しめたり。
各コンクール等での受賞について
冒頭でお伝えしたとおり、三良坂フロマージュのチーズは、国内外のコンクールで数々の賞を取っています。
それらに関して造り手の松原さんは、「受賞はありがたいですね。チーズは嗜好品ですからそれなりのお値段です。なのでそれに見合った価値のものを造っていくべきだと考えています。また、チーズを召し上がってもらいたいというのももちろんありますが、日本の酪農の現状に関心を持ってもらったり、地方でのこのような酪農や農業のスタイルがあること、そしてナチュラルチーズの魅力をより多くの方に感じていただくきっかけになるといいなと思っています。」と話します。
今では、新規就農者の研修や、管理が困難になった山地の相談を受けることも多いそう。
環境にも、動物にも、人間にも優しい松原さんの酪農スタイルがより多くの方に広がり、本質的な意味での豊かさを味わえる機会が増えていく、そんな未来が楽しみになった工房訪問でした。
【受賞チーズ】
https://m-fromage.com/free/awards
【三良坂フロマージュ】
https://m-fromage.com/
★おまけ★
売店では、チーズやヨーグルトの他に、その場でいただけるフレッシュな山羊乳のソフトクリームも販売されています。
山羊乳特有の香りが一切なく、爽やかなミルクの甘みとコクがとても美味しいソフトクリームでした。
搾乳してすぐのミルクをアイスクリームにすると、山羊臭がなくなるそうです。
ですが、チーズにすると、また山羊の香りは立ってくるとのこと。不思議ですね。
ご馳走様でした!
ワイン・チーズライター 磯部 美由紀
日本ワイン.jp チーフエディター
J.S.A認定 ワインエキスパート
C.P.A認定 チーズプロフェッショナル
ワイン記事監修実績:
Picky’s こだわり楽しむ、もの選び〔ピッキーズ〕
すてきテラス