Vinexpo Asia 2026で開催されたアジアNo.1ソムリエであるReeze Choi氏によるブラインドテイスティングセミナーは、即満席となる人気ぶりでした。
それもそのはず、テーマはワイン好きが愛するピノ・ノワール。しかも”世界各地のピノ・ノワール7種を飲み比べる”という愛好家ならみな垂涎ものな企画。

しかし講師のChoi氏は冒頭「実は私はブラインドテイスティングが好きではないんです。」と発言。
2026年の世界最優秀ソムリエコンクール出場を控えるChoi氏からの意外な発言に会場も驚きや笑いが起こりますが、続いて「私はワインを楽しみたいだけなんです。でもブラインドテイスティングは味覚だけではなく、知識を鍛えるためのものでもあります。」と述べ、これこそがセミナーの本質であったのです。

「今日は産地を当てることよりも、気候や土壌、醸造方法がワインにどのような影響を与えるのかを見てほしい。」

同じピノ・ノワールという品種であっても、その姿は驚くほど変わるのです。

ピノ・ノワールの姿をつくるものたち

Choi氏は、どんなファクターがブドウの特徴に影響するのかをブラインドテイスティング前にレクチャーしました。

◼️気候

例えば日中30℃、夜10℃という大きな寒暖差のある地域と、日中20℃、夜16℃という寒暖差の小さい地域では、どちらが酸を保つのか。答えは前者。ブドウは夜間も呼吸を続けます。その際に消費されるのがリンゴ酸。夜が暖かいほどリンゴ酸の消費量は増え、ワインの酸は失われます。つまり、「ワインの酸は昼の暑さではなく、夜の涼しさによって守られる」ということです。

日照量も重要です。強い紫外線は果皮を厚くし、色素やフェノール成分を増加させます。さらに種子の成熟も促すため、タンニンはより熟した質感になるでしょう。

風も見逃せません。オレゴンのヴァン・デューザー・コリドーやニュージーランドのマールボロのように風の強い産地では、ブドウは自らを守るため果皮を厚くしますその結果、色が濃く、タンニンのしっかりしたワインになります。

◼️土壌

Choi氏がとりわけ熱心に語ったのが土壌のことでした。「私はこの部分が大好きなんです。」と言い、代表的な土壌の特徴を解説しました。

【石灰岩土壌】
ご存知のとおりブルゴーニュを代表する土壌。石灰岩にはカルシウムが豊富に含まれます。ブドウ樹はカリウムとカルシウムを同じ経路で吸収するため、カルシウムが多い環境ではカリウム吸収が抑えられるのです。その結果、酸が失われにくい、pHが低い、シャープで引き締まった味わいになるのです。

【粘土質土壌】
保水力と保肥力に優れているのが特徴です。そのため果実はふくよかになり、ピノ・ノワールにも丸みや柔らかなタンニンが現れます。

【花崗岩土壌】
排水性が高く、有機物も少ないため樹勢は抑えられる土壌です。結果として、小粒果、高い凝縮感、スパイス香、豊かなアロマを生み出します。

【火山性土壌】
北海道のピノ・ノワールにも見られる土壌です。鉄分が豊富で、果皮を厚くする作用があります。そのため、色調が濃い、フェノールが豊富、スパイスや燻したようなニュアンスが現れやすい。さらにカリウムが少ないため、酸も保たれやすい。

【砂質土壌】
排水性が非常に高い土壌です。厚い果皮は形成されにくいため、淡い色調、シルキーなタンニン、華やかな香りを持つワインになるのが特徴です。

◼️醸造

同じブドウでも、醸造によって個性はさらに変化するのです。その代表が全房発酵(Whole Cluster Fermentation)。果梗を除かずに発酵させる手法で、近年のピノ・ノワールではしばしば用いられています。果梗にはカリウムが多く含まれるため、酸が中和されやすくなります。また果梗由来のタンニンによって、種由来とは異なる滑らかな骨格が生まれます。

また、香りにも特徴があると言います。紅茶、シナモン、クローブ、サンダルウッドといったスパイス香が現れやすいのです。

オーストラリアのジャイアント・ステップスでは40〜70%もの全房発酵が用いられており、その特徴がはっきりと表れているそうです。

日本ワインへの先入観を覆す

今回のフライトには北海道、千歳ワイナリーのピノ・ノワールも含まれていました。

Choi氏は「日本ワインは軽くて薄いと思っている人もいるでしょう。」と笑いながら問いかけます。
しかしブラインドで飲むと、驚くことにそれを日本ワインだと見抜けなかった参加者が大勢いました。「もし皆さんが日本ワインを見つけられなかったのなら、その先入観は間違っているということです。」

これは、日本ワインが世界水準で語られる時代に入ったことを示唆する発言のようにも思えます。

正解は一つではない

テイスティングの結果発表を終えた後、Choi氏は「ブラインドテイスティングは正解か不正解かではありません。」「大切なのは、自分がどのワインを好きだったかを知ることです。なぜそのワインが好きだったのか。果実味が好きなのか、酸が好きなのか、スパイス感が好きなのか。それを知ることに意味があります。」

同じピノ・ノワールでありながら、気候によって、土壌によって、醸造によって、これほどまでに異なる姿を見せる。そして、その中で何に惹かれるのかは人それぞれ、ということでしょう。

私たちはつい、「正解」を探そうとしてしまいます。ブルゴーニュか、オレゴンか、あるいは北海道か。しかし本当に大切なのは、そのワインがなぜ自分の心を動かしたのかを知ることなのかもしれません。果実味に惹かれたのか、緊張感のある酸に魅了されたのか、それともスパイスや土の香りに心を奪われたのか。

ワインの世界に長く身を置いていると、知らず知らずのうちに知識や評価、正解探しに縛られてしまうことがあります。
今回のChoi氏のセミナーは、そんな私たちの肩の力を抜き、もう一度まっさらな気持ちでワインと向き合うきっかけを与えてくれているように感じました。

そう、知識はワインをより深く楽しむための道具であって、楽しみそのものではありません。

時には先入観を脇に置いて、自分の感覚を信じてみましょう。知識と経験を携えながらも、最後は自分の心が「おいしい」と感じる一杯を、もっと自由に楽しむことを思い出してみませんか。