北海道・余市川のほとり、小高い丘を登ると視界に飛び込んでくる雄大で美しいブドウ畑。2026年5月19日、ここ「NIKI Hills Winery」のガラス張りのラウンジは、日仏のワイン生産者たちの熱気が満ちていました。

この日、北海道・仁木町を訪れたのは、かつてサッカー日本代表を史上初のW杯ベスト16へと導いたフィリップ・トルシエ氏。現在、フランスの歴史的銘醸地ボルドー右岸・サンテミリオンで本格的なワイン造りを行う彼が、自身のワインを携え、冷涼な気候で評価が上昇している仁木町の生産者たちと「メルロー」をテーマに語り合う。そんな、ワイン愛好家の胸を熱くする「日仏マッチ」が実現したのです。

「知る」「好き」「楽しむ」——名将が語るワイン哲学

「監督としての仕事は、チームを率いて規律を持たせ、バランスを取ること。ワインメーカーの仕事もすごく似ていて、的確な指示を出してそれぞれの要素の良いところを引き出し、チームとして素晴らしいグランヴァンを作っていくことです」

そう語るトルシエ氏のワイン造りは、まさに彼のサッカー哲学そのもの。

そんな彼がプレゼンテーションの中で最も強調したのが、「知る(知識)」「好き(愛・情熱)」「楽しむ(喜び)」という3つの言葉でした。イベントに参加した日本ソムリエ協会名誉顧問熱田貴氏からプレゼントされた色紙に書かれた言葉です。

「NIKI Hillsオーナーの石川さんがここでワイナリーを始めたのも、情熱があってこそ。本当に『好き』ということだと思います。私も同じようにサンテミリオンで、その情熱を持って始めました。今日来てくださっている他の生産者の方々も同じです。みんなで分かち合って楽しむことで、自動的にワインは美味しくなるのです」。

彼の造るワインには、日本への深い愛も込められています。今年リリースされる赤ワイン「FLAT 3 by KANTOKU」は、2002年のあの熱狂と、2026年のW杯制覇をつなぐ架け橋として生み出された特別な一本です。

仁木町のテロワールを表現する、熱き造り手たち

トルシエ氏を迎え撃つ仁木町のワイナリーも、それぞれが強い情熱を持った個性派揃いでした。

会場となったNIKI Hills Wineryの醸造責任者・太田麻美子さんは、「2023年は積算温度が非常に高く、降雨量も少ない年でした。そこで徹底的な収量制限を行い、仁木町ならではの香りや綺麗な酸度を引き出しました」というテロワールと向き合う姿勢を見せました。

定年退職後に夫婦で移住しゼロから畑を拓いたNorth Creek Farmの鈴木正光さんは、自分たちの畑の土を20〜30cm掘ると丸石がゴロゴロ出てくるという、余市川の河原特有の水はけの良さをアピール。冷涼な空気のおかげで糖度と酸度が保たれ、「アルコールが14%ある、流行とは逆行するかもしれないけれどしっかりとしたワイン」を造り続けています。

そして、「ワインは人と人をつなぐ」というコンセプトのもと、社名のロゴも“結び”をモチーフにしているDomaine Bless。自然と共生する彼らは、天候リスクを分散させるために2.2ヘクタールの畑であえて15品種ものブドウを多品種栽培し、できる限り自然に近いクリーンなワインを生み出しています。

ワインと選手が重なる?国境を越えたテイスティング

後半に行われたテイスティングセッションでは、驚きと笑顔が溢れました。

ブラインドで飲んでもサンテミリオンの重厚感としなやかさが伝わるトルシエ氏の「フラット3」。タバコのような野性味ある香りで土地の個性を放つノース・クリーク・ファーム。紅茶のようなニュアンスでエレガントに仕上がったドメーヌ・ブレス。そして、美しい酸と果実味が調和したNIKI Hills Winery。

参加者から「このワインを今の日本代表選手に例えると?」というユニークな質問が飛ぶと、トルシエ氏は笑顔で即答しました。 「真ん中でクリエイティブなことをする『ソルベニ(10番)』は、南野です。『フラット3』は、伊東や堂安ですね」。これには会場のサッカーファンもワインファンも大盛り上がり。

さらにトルシエ氏は、実際に歩いたNIKI Hills Wineryの畑について「サンテミリオンと似ていた」と語り、「この畑のブドウはまだ若いと感じました。またサンテミリオンと比べて雨が多いということもありますよね。ただ、それらを醸造の技術でカバーする方法もあり、それらを意見交換できたことも良かったと感じます」

目的は戦いではなく、発見である

「このマッチ(意見交換会)を組んでいただきありがとうございます。しかし目的は戦いではなく、発見です。」

イベントの終盤、トルシエ氏はそう力強く語りかけました。 「それぞれ違うワインでも、その後ろにある土壌や情熱は共通しています。今日をきっかけに、サンテミリオンと仁木町の架け橋になり、この関係や絆が続くよう私も努力していこうと決心しました」。

「世界基準」を目指してワインで町おこしを進める仁木町と、世界最高峰の銘醸地サンテミリオン。一見すると遠く離れた二つの産地は、「メルロー」という品種と、造り手たちの「ワインへの愛(好き)」を通して、確かな絆で結ばれました。

グラスを合わせ、笑顔で語り合う彼らの姿を見て、ワインとは本当に国境を越える共通言語なのだと、胸が熱くなりました。この日生まれた日仏の友情が、これからどんな味わいのワインへと熟成していくのか。日本ワインの未来に期待が膨らみます。