8月3日に、キャプランワインアカデミーにて「ディプロマの会 全国ワイン会議2025~識れば識るほどワインはたのしい!~」が開催されました。

隔年に1度開催されるこの会は、WSET Diploma 資格保持者のスタディ・グループであるDiplomaの会による企画・運営で、Diplomaの会メンバー、並びに現役ワイン業界人がモデレーターや講師を務め、業界と愛好家の皆様に今もっとも旬な課題や興味深い内容を届けるもの。

受講者もその主旨に見合った顔ぶれが多く、今回も注目の高さが伺えました。
会の様子のレポートです!

ワイン業界の”いま”を学べるセミナーテーマたち

たった半日でこれほどの内容を学ぶ機会はそう多くはないでしょう。
各テーマは下記のとおり。

全体会①【ワイン消費の未来を考える~Z世代の消費動向への対応~】
分科会①【山梨ワインの現在と今後の立ち位置~気候変動に順応し、更なる進化を続ける日本最大の銘醸地~】
分科会②【ワイン用ブドウの苗木品種~クローンと台木~】
全体会②【長野県産ピノ・ノワールの今と未来~日本随一の山岳ワイン地域NAGANO産ピノ・ノワールを醸造家と共に利く~】

ワインの消費量が伸び悩む現状や、温暖化によるブドウ栽培やワインへの影響など、まさしく目の前の課題に具体的に挑む内容です。

全体会①ワイン消費の未来を考える~Z世代の消費動向への対応~

プレゼンターは、Diploma研究会メンバー。(写真左から)松島史枝DipWSET、中田玲子DipWSET、中田秀之DipWSET、高野真綾氏、後藤由香利DipWSET

ワイン消費に関する課題提起、各世代の消費動向や消費量推移などのデータ確認、Z世代を理解する、事例研究、提言、テイスティングを各パートごとに担当し、発表されました。

”ソバーキュリアス”ーー酒類業界ではご存知の方も多いでしょう。
「sober(しらふ)」と「curious(好奇心旺盛な)」を組み合わせた造語で、お酒を飲める人が、健康や自身のライフスタイルへの影響を考慮して、あえてお酒を飲まない選択をするライフスタイルのことを指しますが、とくに20歳代などの若い層に多いとのこと。

過去から今後の各年齢の人口構成・飲酒頻度・一回あたりのワイン消費量など具体的な数値から推移を確認、これらの観点からワイン消費の未来を予想していくと、ワイン消費量が減少していくであろう実情が見えてきます。
これらのことから、ワイン業界の持続的な発展や安定した消費に繋げていくには、Z世代の消費行動への対応を考えていく必要があるのではないかとの課題提起がなされました。

では、そのZ世代とは?
定量・定性データから、Z世代の飲酒動向、お金、メディア接触、価値観、消費動向からの分析結果が紹介され、消費行動モデルの変化や、彼らへの情報を届ける上でのポイントなどを絞ります。
さらには、リアルZ世代の生の声からペルソナをたて、わかりやすくイメージを共有。

また、Z世代向けの取り組みの事例として、また、「いまでや」のアプローチ事例や勝沼醸造が販売する「A.S.A.P」シリーズ(Z世代ターゲットのナチュール限定品)のマーケティング戦略事例をテイスティング含め紹介されました。

勝沼醸造が販売する「A.S.A.P」シリーズ

分科会①山梨ワインの現在と今後の立ち位置~気候変動に順応し、更なる進化を続ける日本最大の銘醸地~

こちらは、サントリー株式会社登美の丘ワイナリー栽培技師長大山弘平氏(写真右)とまるき葡萄酒株式会社醸造責任者製造部長安田政史氏(写真中央)の対談形式で進行されました。
モデレーターは、Diplomaの会に所属される保科武志DipWSET(写真左)。

温暖化についての対策を、「品種」「サイトセレクション」「栽培」「醸造」などの項目別に議論がなされました。
こちらも、まずは現状把握。温暖化により山梨県の気候変化について、パリ協定目標が達成された場合とされなかった場合のシナリオ別にシュミレーション。
たとえば、特段の追加緩和策を取ることなく地球全体が4℃上昇した場合、甲府の気温は、20世紀末から21世紀末に4.5℃上昇の可能性があり、年間の猛暑日は約27日、熱帯夜は約34日!しかも、100年に1回程度発生の豪雨(1日降水量231mm)の発生確率が、3.7倍になるとの衝撃的な予想も。

現状すでに成熟期の早まりや、それによるアロマや味わいへの影響、糖度の増加や酸とのバランスに変化があるため、品質維持・向上のためにどのような対策がとられているのでしょうか。

「品種」伝統的に栽培されてきた品種以外にも、プティマンサン、アルバリーニョ、プティ・ヴェルド、シラー、タナ、ビジュノワール、マルスランなど新たな気候に適した品種にチャレンジしています。
また、山梨ではポリフェノールが約2倍含まれ早稲(8月末収穫)のソワ・ノワール(ピノ・ノワール×メルロ)にも高い期待が寄せられているそう。

「サイトセレクション」として、圃場を気候条件の違ういくつかの地に分散させることも。

そして、「栽培」での対策としてもっとも興味深い取り組みは、サントリー登美の丘ワイナリーが行っている”副梢栽培”でしょう。
具体的には、最初に伸びた新梢を摘み取り、その後に出てくる副梢(脇芽)に実らせることで、収穫時期を遅らせ、より品質の高いブドウを栽培する方法
2021年から山梨大学とサントリーがメルロにて共同研究をスタートし、現在はメルロ以外にも、シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨンなど品種も面積も拡大して取り組まれています。

副梢からの房は若干小さくなるが、晩腐病の罹患率が下がるため、トータルでは収量はそう大きく変わらないそう。ただ、その新梢の先端を切りとる作業や仕込み時期が12月までかかることなどのご苦労は察するに難くありません。

また、「醸造」についても、リージョン5になりつつある勝沼では、成長期の早まりの影響によりブドウの香味成分が変化しているので、酵母の使い方などに工夫していると安田氏は語ります。

テイスティングでは、実際にこれらの醸造の工夫や副梢栽培でのブドウにより造られたワインを確認できました。

分科会②ワイン用ブドウの苗木品種~クローンと台木~

(有)ラグフェイズ(ブドウ苗木商)・ ラ ペピニエール(ENTAV-INRA苗取扱業者)代表取締役の日向理元氏による講義。
こちらの講義では、「苗木屋はどうあるべきか? 」から苗木屋のポートフォリオ 、シャルドネのクローン、フィロキセラ、台木、品種・クローン、苗木屋、植物検疫制度、ウィルス対策に至るまで、充実の講義が行われました。

全体会②長野県産ピノ・ノワールの今と未来~日本随一の山岳ワイン地域NAGANO産ピノ・ノワールを醸造家と共に利く~

(写真左から)キリノカヴィンヤーズ&ワイナリーオーナー栽培・醸造家沼田実氏、ヴィラデストガーデンファームワイナリー代表取締役社長栽培醸造責任者小西超氏、信州たかやまワイナリー取締役執行役員鷹野永一氏、モデレーターを務めた三浦恵理子DipWSET

それぞれ長野県にて素晴らしいピノ・ノワールを生み出す造り手たち。
三浦氏より各ワイナリーおよびワインの紹介ののち、テイスティング、ディスカッションの構成です。

信州たかやまワイナリー
高山村では1996年からワイン用ブドウ栽培が行われており、当時はおもに県外に販売されていました。そのブドウの評価は非常に高く、自分たちでも醸すこととなり2016年にワイナリーが設立。
場所は千曲川ワインバレーの北部に位置し、畑は千曲川の支流である松川が形成した扇状地に広がっています。標高400-830mに広く点在、リージョン1-4までの多様な気候を持つ畑を有し、多くが西向きのため午後の日照が長く確保できることが特徴。

ヴィラデストガーデンファームワイナリー
2003年にエッセイストであり画家の玉村豊男氏が設立した東御市初のワイナリー。
ブドウは1992年に初めて植樹された。
千曲川ワインバレーの中心に位置し、畑はおもに南向き斜面で日照に恵まれている。標高は700-920m。千曲川からワイナリーに向い風が吹いてくるのも特徴。

キリノカ ヴィンヤーズ&ワイナリー
2024年に沼田実氏が設立。2020年にシャルドネとピノ・ノワールの植樹からスタート。
天竜川ワインバレー北部、塩尻との境にある霧訪山のふもとに位置する。畑は南南東を向き、標高は830-950m。霧訪山が北風をブロックしてくれる。かつて海だった地域であり15,000万年前のジュラ期の土壌をもつ畑は、沼田氏が20年かけて探し求めた理想の地。ピノ・ノワールについては現在約4,000本、いくつかのクローンごとに栽培している。

長野のピノ・ノワールについての特徴や、それぞれ工夫されていることについて、お話しいただきました。
東御は比較的雨が少ない、標高が高い、全体的に昼夜の寒暖差が大きいのが特徴ですが、それでも果皮が薄いピノ・ノワールにとっては、梅雨や台風がある日本では難しいことも多く、ここ10年は雨余けをして粒が割れることを避け、安定的にとれるようにしています。(小西氏)
また、何種類ものクローン別に栽培し、その中で土地に合ったものを選んでいくという取り組みも行われています。

鷹野氏は、シャルドネの産地として名高い高山村では、ピノ・ノワールはチャレンジャブルな品種。栽培の難しさもあり、栽培面積はそう増えてはいないと語られ、その慎重な取り組みが伺えます。

沼田氏がワイナリーを構える小野は、自身が好むタイプのワインを生む地質をもつ場所だそう。これまで北海道の余市や三笠など様々な産地を候補とし、ピノ・ノワールのための土地を探してこられましたが、最終的にご縁もあり、理想の土壌や納得の環境をもつ”小野”に巡り至ったそうです。

造り手から説明を受けてのテイスティングでは、土壌の特徴や、各ヴィンテージでの気候条件や醸造でのアクシデントを振り返るなど、それが結びつく味わいをリアルに体験できる時間となりました。

それらを通し、収穫時期の昼と夜(朝方)の気温差が大きいいことや湿度の低さ、土壌の特徴など、長野にてピノ・ノワール栽培することのアドバンテージも確認できたのではないでしょうか。

そして話題は、”造り手のみなさんの目指すピノ・ノワールはどんなものか”へ。

鷹野氏は、「目の前にあるもの、その時その瞬間における最善の選択の繰り返し、それらの延長がどこになるのか未だ見つけられていないが、常に”最適”を続けていきたい。その基準は常に探し続けている。」とブドウそのものや、自然環境などの状況に対し常に真摯に向き合っておられる姿勢が伺えます。

小西氏は、「ピノ・ノワールは土壌の違いが非常に大きい、ビンテージや造りによる影響も表れやすい非常に繊細な品種。まだまだ改善余地もあるし、それがこの品種の魅力ややりがいではあるため、向き合って努力を重ねていきたい。
ピノ・ノワールは土地を選ぶ品種。長野らしい果実感があったり、優しさを感じられるようなピノ・ノワールを作っていきたい。

テイスティンググラスをひとり空にされていた沼田氏は、自らをあえて”飲み手”と表します。ソムリエとしてワイン業界に入れられたわけですが、サービスより自身が飲みたいと思って辞めたほどの”飲み手”なのだと。そんな氏は「どのワインもそれぞれ個性があるので興味深いのだが、”飲み手”である自身が40年飲み続けて美味しいと思ってきたその軸を自分が決めた土地で追求し表現したい。」と語ります。

環境の変化も激しく、不測の出来事やuncontrollableなことも多いワインづくり。
それらと向き合うこうした彼らの姿勢からは、やはりテロワールを構成する要素に”人”もまた重要であることを改めて感じます。

さいごに

ワインの消費市場についての現状把握、そして新しい飲み手を増やしていくひとつの切り口について深掘りする。
産地の環境、気候の変化に対し、現在生産者がどのような取り組みをしているのか。具体的な対策や造り手たちが考えることなどを共有された貴重な機会でした。

冒頭に記した通り、当会はDiploma保持者による有志の手弁当で企画・運営されています。

このような場を一つの契機として、ワイン産業が抱える本質的な課題について、生産者、販売者、流通事業者、愛好家、行政機関など、多様な立場の関係者が垣根を越えて議論を交わす機会が広がっていくことが望まれます。

業界全体のさらなる発展に向けては、そうした場が一層求められているのではないでしょうか。