今後、日本ワインの特徴がしっかりと定義づけられた場合、「日本ワイン風のワイン」といったものが市場に出回るかもしれません。

ワイン愛好家であればワインが生まれた「背景」に注目するかもしれませんが、ワインのストーリーにさほど興味が無い方の場合、“安くてウマいにこしたことはない”と語るでしょう。

以前、Science Translational Medicineにデレク・ロウ氏が寄稿した、「Lab-Made Whiskey,Lab-Made Wine」という記事が話題になりました。

少し古い情報にはなりますが、どうやらラボで人工的にワインやウイスキーを造る試が一定の成果を出し始めたといったものです。

ワインに美味しさを求めるのは当然ですが、あらため「美味しいお酒」について考えさせられる内容だったので紹介していきましょう。

美味しいと思わせるアルコール飲料は製造可能

「Endless West」といった企業は、水やエチルアルコールに微量の化学物質を加えれば、美味しいワインやウイスキーを造ることができることを証明しました。

例えば、ワインには数多くの化学成分が含まれています。

発酵中の酵母による影響にはじまり、熟成や還元、酸化など、さまざまな工程を経ることでそれらが複雑に反応し合い、私たちが快いと思う風味に仕上がっていきます。

しかし、瓶詰めされて最終的にグラスに注がれたワインの状態の化学物質が分かれば、そのワインと似たワインを造ることは可能です。

それが、勝沼の甲州だろうが、長野のメルローだろうが、シャトー・ペトリュスだろうが、15年もののロマネコンティだろうが…です。

そこには、原産地呼称制度、テロワール、栽培家の哲学、醸造テクニックは一切関与せず、ただただ「美味しい(…ように操作されている)ワイン」だけが存在します。

ワインは風味化合物の集合体

ワインには、数多くの風味化合物化が含まれています。

以前とある外国の研究で発表されたデータで、「赤ワインにはおよそ500個、白ワインには700個の香り」が検出されたといったものがありました。

もちろん、それがワインの全てではなく、さらに多くの化学成分が隠れていることは容易に想像できます。

ワインに含まれる化合物は、エステル類、テルペン類、チオール類、ダイアセチル、ノリイソプレノイド、アルデヒドをはじめ、ポリフェノールも風味や香りの生成に関与しているため、ひとつずつ検出していったらキリがありません。

サラサゴ大学のビセンテ・フェレイラ氏は、人工ワインではなく別の研究目的で還元ワインを造りそれを利用した実験を行っています。

まず、凍結乾燥法という手法を用い、ワインから揮発性の香り成分を分離。

さらに、ジクロロメタンという溶剤を使用し、残りの香り物質も抽出します。

そして、溶液に窒素を通してジクロロメタンを取り除き、これをミネラルウォーターに溶かしてワインの生地をつくります。

そして別のワインからさまざまな香り成分を取り出し、不揮発性のワインの生地に抽出したワ香り成分を組み合わせれば、還元ワインの完成です。

しかし、これは手間がかかるだけでなく、ただワインの香りを分離して不揮発性の生地に添加しているだけなので、製品化は難しいでしょう。

Endless Westの研究者たちの場合、よりシンプルな方法で人工ワイン、ウイスキーを造ります。

人工的に目指す味わいは造れる

Endless Westの研究者らは、まず目的とする飲料を用意し、LC/MS(液体クロマトグラフィー/質量分析)、GC/MS(ガスクロマトグラフィー–質量分析法)などを用いて、その香り成分を明らかにしていきます

あとは、食品グレードの試薬を利用し、フレーバーを再現していくだけ。

じつに単純です。

一見、香りに寄与しないような成分も上手に加えることが理解できているようで、恐らくではありますが、言われなければ、その味わいは本物と区別がつかないほどのレベルなのかもしれません。

しかし、そこにはテロワールも哲学もロマンも何も存在しておらず、この一連の流れをデレク・ロウ氏は「ヴァイタリズム(生気論)は死んでいる」と表現しています。

ウイスキーの方に力を入れていた

Endless Westの研究者によるとワインより、ウイスキーの方がより早く結果が出たと報告されていました。

ワインの場合、味わいが完璧に再現できても、原産地呼称などの問題があるため、商業的に拡散していくのが難しい問題だそうです。

しかし、ウイスキーの場合は「スピリット・ウイスキー」という混合ウイスキーのカテゴリが存在しているそうで、すでに「Glyph」というウイスキーの開発に力を入れ始めていることが報告されています。

しかし、人工酒ということで低価格での販売を強いられたり、ワインと同様に“商品の古さ”が市場価値として存在するカテゴリだけに、それが関係しない人工酒に消費者の興味が集まるかなど、問題は山積です。

とはいえ、クラフトなウイスキーとはまた違う、新たなカテゴリかもしれませんし、手軽に100万円を超えるウイスキーの風味が楽しめるのであれば、それを選ぶ消費者は後を絶たないでしょう。

美味しいと、お酒の関係

Endless Westの活動を取り上げたウォール・ストリート・ジャーナルの記事でウイスキーメーカーのColinSpoelman氏は、「『クラフト』を掲げながら工場生産をする業界の在り方に、人々が目を向ける良い機会になりそうだ」とコメントしています。

禁じ手ではありますが、今後どこかのメーカーや個人がクラウドファンディングでEndless Westと同じような形で、「ロマネコンティ風ワイン」などを造る可能性はゼロとは言い切れないでしょう。

「人工ワインだろうが美味しいし安いし、これで良い」と言う人も一定数います。

しかし、私たちは美味しい、だけではなく、さまざまなストーリーや哲学に惹かれることは(報酬としての快楽)分かっています。

美味しいとは一体何なのか。

あらため、ワインの価値について考えさせられる報告でした。

参考

Lab-Made Whiskey, Lab-Made Wine

https://blogs.sciencemag.org/pipeline/archives/2018/10/31/lab-made-whiskey-lab-made-wine

ワインやウイスキーを「水やアルコールに化学物質を加える」ことで作り出すという試み
https://gigazine.net/news/20181107-lab-made-whiskey-wine/