ワイン専門家のテイスターやワインを取扱う飲食店、ワインショップのバイヤーなどの場合、一日に何十、何百というワインをテイスティングすることがあります。

一般的に口に含んだワインは吐器に吐き出されますが、数多くのワインを真剣に評価するわけですから極度の疲弊感に襲われることは間違いありません。

さて、プロだけでなく一般のワイン消費者の方であっても大量にワインが用意されている大試飲会などに参加する場合もあるでしょうが、赤ワインを大量に摂取する場合には注意が必要です。

その理由が、「何本もワインをテイスティングすると、ワインを正しく評価できなくなる」から…。

ここでは、その要因とそ対策をお伝えしていきましょう。

唾液とタンニン

ワインを評価するというかたちで大量に摂取する場合、口に含んだ後にそれは吐器に吐き出されます。

とくにタンニンの強い赤ワインをテイスティング後、それを吐器に吐き出すと赤紫の塊が出てきます。(汚い話ですみません)

初めて見る方はびっくりしてしまうかもしれませんが、これはワインの唾液が反応してできたもので、主にワイン中のタンニンと唾液タンパク質が結合した塊です。

数回程度のテイスティングであれば問題ないのですが、何回も塊が出るようなことを続けていると唾液の分泌量に変化が起こります。

じつは、この塊が生成される現象の連続こそが、ワインテイスティングの評価を狂わせる要因のひとつなのです。

渋みがアップしていく

赤ワインを飲むと唾液タンパク質がタンニンと結合して沈殿し、口内で渋みや渇きを感じます。

その後、唾液中にふくまれるムチンという粘性物質によって覆われ潤いが与えられるため、一般的には渋みや渇きは継続しません。

しかし、短いスパンで連続して赤ワインを摂取した場合、深層部分のムチンが取り除かれてしまい、より渋みを強く感じるようになってしまうのです。

風味や香りの場合は“馴化”が起こりますが(それはそれで問題)、渋みの場合はより強く感じてしまうため、赤ワインを正当に評価することがかなり困難になります。

つまり、ボルドーのプリムールなど重要なテイスティングの場などでは、本来高く評価すべきワインを低評価として採点してしまう恐れがあるのです。

個人的にも、ボルドーの赤ワインを数百種類用意した試飲会に参加したことがありますが、もはや後半は苦行といえる状況でした。

となると、世界中のワインテイスターたちの評価は信用できないのか…という話になってきます。

彼らは彼女らは、どのような対策を講じているのでしょうか。

渋みアップを防ぐ対策は?

ムチン減少による渋みアップの問題。

何か、有効な対策はないのでしょうか。

水分補給

まず専門家がおこなっている対策は、適宜な水分補給です。

当然、唾液は体内の水分ですので水分補給することは、“酔い防止”という観点からも重要でしょう。

当たり前だろ…と思われるかもしれませんが、とくに一般の方の場合、“こんなにワインが飲めるのに水分で口を薄めたらもったいない!”と水分補給を無視して暴走してしまうきらいがあります。

逆に、適宜おこなう水分補給がワインを美味しく飲むためには重要であることを理解しておきましょう。(数多くワインを楽しむ飲み会でも有効)

無塩クラッカー

試飲会などに出向くと、テーブルに無塩クラッカーやパンが置かれていることがよくあります。

“おつまみかな?”と思われるかもしれませんが、じつは唾液分泌のために置かれているので注意しましょう。

ワインを飲んだ後にさまざまな口直しを利用して渋みの増大を比較した研究によると、無塩クラッカーがもっとも渋みの増大を抑えたと示唆されています。(別の研究ではペクチンが一番という結果もあるが、日常的に揃えられることを考えれば無塩クラッカーがよいでしょう)

また、無塩のフランスパンなどもよいといわれています。

鼻呼吸を意識する

即効性のある対策とは言いがたいかもしれませんが、今後数十、数百というワインをテイスティングする人生を送りたいのであれば、「鼻呼吸」を意識すべきでしょう。

人によって唾液量に違いがあるといわれていますが、口呼吸は鼻呼吸の方に比べて多くの唾液を蒸発させているそうです。

口呼吸の方は一日でおよそ350mlもの唾液を失うことになるといわれているなど、多種類のワインをテイスティングする場合に悪影響を与えてしまう可能性があります。

ワインを正しく評価したいという方は、今後鼻呼吸を意識してみてもいいかもしれません。

身体について知ることも優秀なテイスターになるための秘訣

ワインテイスターとして、第三者にワインを教えたり売ったり、伝えていきたいという方もいるでしょう。

もし、そういった立場になりたいのであれば自分の身体について知ることも必要かもしれません。

一杯目のワインと百杯目のワインを、まったく同じ体調で評価できる方は少ないでしょう。

ただし、その状況であってもできるだけ一杯目に近い状況を作れるように考えておくことはとても重要。

今後ワインを飲む際には、ご自身の唾液の分泌量について考えてみてはいかがでしょうか。

参照

ワインの味の科学 | ジェイミー・グッド, 伊藤伸子