近年、数ある日本ワインの中で人気を博しているのが、野生酵母(土着酵母とも呼ばれる)で醸造されたワイン。

野生酵母で醸造されるワインの多くは、“土着の味”とか“複雑性がある”とか、“ブドウ本来の味わいが楽しめる”など、一般的なワインと比較して高く評価されている傾向です。

じつは近年、ワインのアルコール発酵に欠かせない「サッカロマイセス・セレビシエ属酵母」ではない、「Non Saccharomyces属酵母(ここでは、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母と表現)」が、ワインの風味の複雑性に寄与しているといった研究が世界的に注目を集めています。

とくに野生酵母は非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の宝庫であるが故に、もしかしたらあの独特の風味はこれらによる影響かもしれないという方もいるほどです。

ここでは、ヴァン・ナチュール好きも知っておくべき、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の影響について解説していきたいと思います。

サッカロマイセス・セレビシエ属酵母とアルコール発酵

サッカロマイセス・セレビシエは酵母の一種で、ワインだけでなく、清酒酵母と焼酎酵母、ウイスキー酵母、パン酵母、エール酵母、などお酒造りを中心とした場で活躍していることで知られています。

簡単な役割としては、サッカロマイセス・セレビシエが醪に含まれている糖分を分解し、炭酸ガスとエチルアルコールを生成。
ノンアルコールのブドウジュースワインへと生まれ変わるための必須アイテムといったところです。

さらにこの酵母はアルコールの生成だけでなくワインの香りや味わいにも寄与するため、品種に合わせた種類が選抜されるなど、ワイン製造用に選抜された乾燥酵母として造り手が手軽に購入できるようになっています。

まず、世界中の多くのワイン生産者がワイン酵母として選抜されたサッカロマイセス・セレビシエを利用してアルコール発酵させていると覚えておきましょう。

非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母について

一方、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母とは、その名の通りサッカロミセス・セレビシエ属酵母ではない酵母のことです。

ワインに関連する非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母は数多くありますが、主に…

  • Candida 属酵母
  • Cryptococcus 属酵母
  • Rhodotorula 属酵母
  • Kloeckela 属酵母
  • Pichia属酵母など…

などが存在していると考えられています。
これらはとくに自然界に存在する酵母であり、ブドウの果皮や栽培環境、醸造環境中に混入すると考えられており、野生酵母での発酵には必ずといってよいほど存在する酵母たちです。

サッカロマイセス・セレビシエが発酵の主役であるワケ

これだけワインのアルコール発酵に関連する酵母があるのに、なぜサッカロマイセス・セレビシエだけが注目されているのでしょうか。

まず、アルコール発酵の初期段階はアルコール度数が低いため各酵母が醪中で活発に活動することができます。

しかし、ほとんどの酵母はアルコール耐性が低いため、ある一定のアルコール度数になると次々と消滅。

最終的にアルコール発酵で生き残る酵母が、サッカロマイセス・セレビシエだからと考えられています。(50人参加マラソンに例えるなら、20km頃からリタイアが続出し、参加ランナーが一人になるような感じ)

また、1950年代頃にワイン製造用に選抜された乾燥酵母である「市販の培養酵母」が登場することで、世界中のワイン醸造家が安定的にアルコール発酵ができるようになったほか、比較的に自由に香りや味わいがコントロールできるようになったことから、“新たな機能を持つサッカロマイセス・セレビシエの種類”に目が向けられ、ほか酵母はあまり関心を持たれなかったという可能性も考えられるでしょう。

非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の働き

途中で活躍の場を失う非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母。

ワインにどういった効果をもたらすのでしょうか。

まず、一般的なワイン醸造において非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母はあまり歓迎されていません。

発酵が安定せずに止まる(スタック)、酢酸エチルやアセトアルデヒドなどをオフフレーバーの要因を多く生成してしまう、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母主体でできたワインは危険な風味がある…など、“健全なワイン”とはほど遠い味わいのものが生み出されてしまうと考えられています。

前述したように非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母は野生酵母として醪に混入するため、よくいわれる、“ナチュラルなワイン造りを勘違いした放置プレイで生み出された欠陥ワイン”を想像するとわかりやすいかもしれません。

一般的なワイン造りにおいてほぼ存在意義がないように思われる、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母。

なぜ、近年注目されるようになったのでしょうか。

ワインに複雑性を与えることが証明されはじめた

近年、世界中の研究者が注目しているのは、本来マイナスに働くことの多い非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母によるワインへの影響です。

ワシントン州立大学の研究者によると、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母を選抜して研究したところ、ワインの最終的な口当たりや風味にポジジティブに寄与することがわかったとのこと。

さらに、数々の研究でも非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の種類や数によって、最終的なワインの味わいが変わる…ということも示唆されています。(途中でサッカロマイセス・セレビシエ酵母を追加するなど、段階的に安定した発酵を行った結果など…)

これら非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の研究の面白いところは、“土着の非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母”が影響しているといったところです。

自然界に存在する非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母は、その土地によって種類や量も変わるため、500m離れた畑で収穫されたブドウであっても、野生酵母での発酵による出来映えが違うと証明できるとのこと。

“市販の乾燥酵母を使うなど、その土地の味わいを消滅させているようなもの”という生産者も多いようですが、あながちその意見も間違っていないのかもしれません。

こういったワインを買うなら生産者は必ずチェック

非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母を上手く利用すればワインに複雑な…そしてその土地の風味を与えてくれる。

美味しい、美味しくないは置いておいて、その土地ならではの土着のワインを生み出す際、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母はたしかに有用な存在かもしれません。

しかし、一方で忘れてはいけないは、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の選抜や徹底した管理が行き届いていなければ、結果的には欠陥ワインができてしまうというリスクがあることです。

世界で評価を得ている野生酵母を使う生産者の多くは、バックグラウンドに科学的な知識があったり経験が豊富、徹底してワインに寄り添う姿勢といった、“品質を大切にしている”人ばかり。

前述したように、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の力を利用することはワイン醸造において諸刃の剣です。

こういったワインがお好きな方は、“野生酵母で発酵”とか“自然な造り以外は受け入れない”とか、“野生酵母で造られているのでとにかく生産数が少なくレア”とか、そういったキーワードに踊らされず、必ず生産者の哲学と技術を見極めてから手に取るようにしましょう。

野生酵母について知識を持つと面白い!

野生酵母の複雑さは解明できない部分が多く、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母の働きも完全解明には至っていません。
人間がコントロールできないところも、またワインのおもしろいところ。

ぜひ、非サッカロマイセス・セレビシエ属酵母のことを思い出しながら、野生酵母で造られた日本ワインを飲んでみてはいかがでしょうか。

いつもとは少し、味が違って感じるかもしれませんね。

参考

甲州ワイン高品質化のための各種醸造技術の検証

Past and Future of Non-Saccharomyces Yeasts: From Spoilage Microorganisms to Biotechnological Tools for Improving Wine Aroma Complexity

Biodiversity of non-Saccharomyces yeasts associated with spontaneous fermentation of Cabernet Sauvignon wines from Shangri-La wine region, China

https://littlewine.co/blogs/editorial/natural-fermentation-in-win